ある夏の日の登校風景
この前の水着作戦は残念ながらうまくいかなかった。
それも最近では類を見ないくらいの大失敗。
ねえお兄ちゃん。あれは一世一代の大決心だっだったんだよ。
可愛い妹がセクシーな水着姿を披露したというのに、無表情になって頭を撫でてお終いって、酷くない?
可愛いよって、ひとこと言ってくれるだけで良いんだよ?
それから部屋に閉じこもって、口もきいてくれなくなって。
それも私だけよ? お母さんやお父さんとは普通に話をしているし、学院の同級生だという男の人とも、普通に将棋を指しているのを見たもん。
なんか、最近のお兄ちゃんの周りに、男の人が増えてきたような。
アイゼンさんはドワーフ族だから、まあいいとして。いや、よくないか。
あの人のドワーフ離れした線の細さは、ちょっとヤバそうな気がするの。
だって芹沢君と同じニオイがするんだもん。
そしてもうひとりはエルフ族のラガッツァさん。もしも、あの人が女性だったら歌劇団がスカウトに来るのは間違いなしというくらいの美形なのよね。
よく来るのは、この二人かな。他にも何人か仲良くなった人がいるみたい。
でも、お兄ちゃんの周りからオンナの匂いがしないというか……
そこまで考えて、私は嫌な想像をしてしまった。
ひょっとして、お兄ちゃんは……
……女性に興味がないとか。
そう言えば惑乱さんの描いた原稿にそんなモノがあった…… 気がする。
いやいや、あくまでそれは漫画だから出来る話だし、あの漫画に出てきたのはフットボールとか拳闘なんかをやってる筋骨隆々とした男性だったかな。
ラブコメだけど、女性がひとりも出ない不思議な話だったのよねぇ。
惑乱さんに見つからなかったら最後まで、きっちり読めたかも。
でも『こんなの読んでる暇があったら夏休みの宿題を片付けないと』と言って、代わりに課題図書を読まされて。
うん、苦手な読書感想文を完成した頃には月が昇っていたっけ。
とにかく、残っている宿題はラジルポ語の書き取りと、自由研究だ。
残りは全部片づけたわよ。片付けたと言ったら、片付けたのっ!
書き取りはお爺ちゃん先生の課題と被っているから、同時進行で片付けた方が効率がいい。明日の晩には終わると思う。
問題は自由研究だけど、短期決戦を決めてる事にした。
夏休みは残り1週間。ケミカルガーデンなら2日でデーターが取れる。
問題はそのために使う化学薬品は市販されていないということ。
でも私は知っている。必要なものは理科室の薬品庫に、全部そろってるんだ。
それにしても、お兄ちゃんの事が気になるのよね。
冗談抜きで乙女小説を地で行くような展開になったらどうしよう。
たとえばお兄ちゃん×ラガッツァさん。
うんにゃ、逆かな。やっぱり、ラガッツァさん×お兄ちゃんかなぁ……
「おはよ~う」「うにゃ?」
追い抜きざまに私に声をかけたのは横島くんのものだ。
てってってっと走り去る彼の後ろ姿は、背が高い割には身体の幅が狭いというアンバランスな体格なので、嫌でも目立つのよね。
で、この時間に走っているという事は朝練かなぁ。
まったく元気と言うか。暑いのによくやるわ。
「おはよ、しーちゃん」「おあをぅ…… あれれ、すーちゃん?」
背中にむにゅっとしたものが…… ねえハヤミスミレサン?
──何かが当たってる… 当てているのよ
とかいうのを期待しているのかも知れないけど、そーはいかないわよ。
「仕方が無いじゃないのよぅ、気が付いたら育っちゃてたんだもん」
横を歩くすーちゃんが自分の大きな胸に手を当てて、ほんわかと笑みを浮かべてくる。男子があんたの胸を崇拝してるのは、よーく知ってる。
たしかにでっかいからね、あんたの胸は。そこまで育ったら脂肪のカタマリどころか呪物──それも特級の──だかんね。
「はいはい、とにかく理科室に行きましょ」
理科室にはたくさんの試験管が並んでいる。
その中に沈めた結晶は、どれもこれも見事に成長していた。
いくつか条件を変えて出来栄えを見比べるというのが、今回の実験目的。
うふふー データーをまとめるのは大変だけど。
これで夏休みの宿題はコンプリート!
やったね。
ケミカルガーデンとは、文字通りの意味で化学の花園。
ある薬品の溶液の中に種子となる薬品の結晶を沈めておくだけ。薬品の濃度や結晶の種類を変える事で、不思議だけど美しい光景が生まれるのです。




