私の苦労はなんのため?
ぼーっと公園のベンチで脱力していたら、だれかが隣に腰かけた。
誰だろ…… まあ、いいか…… それよりかもっと面白いものがある。
入道雲って、ああいう具合に大きくなるんだなぁ……
おっ、今度は崩壊が始まったよ。こりゃあ、すごいものを見たかなぁ。
入道雲は夏の陽射しで温められた空気が、一気に空高く持ち上げられた時に出来る雲だ。でも、ある程度の高さまで行くと、上昇気流の勢いも弱くなって。
今度は大量の水分を含んで重たい雲が、空に留まっていられなくなって。
今度は上の方から崩れるように…… 地上に落ちてくる。
普段は空を見上げる事も無い私にとっては壮観そのものだ。
目を見張るほどに素晴らしい、大自然が織りなすスペクタクルだ。
あの不気味な色をした雲や昼間でも見える銀色の星が、なかったら……
もっといいのにね。
「今日の志帆ちゃんは元気がないなぁ」
隣りに座った人が、いきなり話しかけてきた。
不意を突かれた私は、びくぅ! って。マジで飛びあがったわよ。
でも この声って……
「……惑乱さん?」
「久しぶりだねぇ、志帆ちゃん。しばらく姿を見なかったから、キミまで引きこもりになっちゃったかと心配していたのだよ?」
缶ジュース片手ににこにこ笑いながら話す惑乱さんと最後に会ったのは、先週の話だったっけ。スーパーで買い物をしている時に、ぼりぼり君の事を教えてもらったんだよね。
たった1週間しか経っていないのに、長い事会っていなかったみたいな気がしてきたのは…… 学校に行く以外は、ずっとチョキチョキしていたからだ。
「ふぅん、たかが図形問題、されど図形問題だねぇ。
でも宿題を出した先生、本当に答えを見つける事を期待していたのかな?」
「えっ?」
腰から下げたポーチから出したスナック菓子をポリポリ食べながら言ったの。
問題を出されたら、答えを見つけるのが当たり前じゃない。
それに図形問題と言ってもパズルのようなものだもん。
時間が掛かっても、答えが見つかれば……
「この際だから、出来ないって言っちゃえば?」
それもひとつの方法だけど……
でも松戸先生、それで納得してくれるかなぁ。
「……志帆ちゃん、いま何て言った?」「ええ… と?」
顔が近いって! それに、どうしちゃったのよ。
いつもは余裕たっぷりに笑ってるのに…… 私、何か悪い事を言った?
「うんにゃ、そこじゃないって。宿題を出した先生の名前よぉ。松戸って……
ひょっとして能面みたいな顔をした助手が一緒にいなかった?」
いますけど…… 茉莉さんでしょ?
うひゃああ、だから、なに興奮してるんですかあぁ……
「ああ、ごめんごめん…… 落ち着いたから、もう大丈夫よぉ」
あの時の惑乱さん…… ちょっと怖かった。
やがて、缶ジュースを一気に飲み干した彼女は、すっと立ち上がった。
「さて、行こうか」
「へっ?」
「こんな所で、ぼーっとしているくらいだから暇でしょ? 病院、行くわよ!」
病院って……
「瑞希なら、相談に乗ってくれるから。だーいじょうぶ! あいつに私のお願いを無視できるほどの度胸は無いから」
「はぁ……」
こうして、惑乱さんに連行されて、病院に私だけど……
結果だけを見ると、惑乱さんの判断は正しかったのよねぇ。
瑞希さん──病院に看護婦さん──は、お医者さんの資格を持っている。
それはつまり、大学を卒業したってことで。
そして、松戸先生が出した宿題を見た瑞希さんは、眉間に手を当てて深いため息をついた。そして『なんで中学生にこんな問題を』ってぶつぶつ言っていた。
でもね、でもね。その数分後にはね……
たったの数分でね……
ううううう、いままでの私の苦労って。
瑞希さんも、松戸先生とは面識があります。というよりも、無い方がおかしい。
だから、同じような目にあわされたのかも?




