院長先生のぼやき
星崎家の子供たちには災難が続くのう。
長男坊は要領が良いというか、処世術に長けていると言えば良いか。
その分何かと災難を引き当てる事も多いのだが、生まれ持った強運に助けられておるようだの。
あそこの長男坊が登校中に交通事故に遭い、儂の所に運びこまれてきたのは。
小学校に上がった頃だったか。さすがにあの時は、もう駄目かと思ったものだ。
明日までは持たないと思ったものだ……
だが娘の──瑞希だけは、違っていた。
あの子──瑞希は遅くに生まれた一人娘でなぁ、出生時の検査で難病が発覚した時はどうなる事かと思ったもんだ。妻の師匠が松戸博士で無かったら、娘の命は無かったかも知れない。
博士の計らいで、帝大医学部の附属病院で治療を受ける事が出来たお陰で今は病気も完治しておるとも。まさか10年近くもかかるとは思わなかったが。
それからは順調過ぎるくらい順調で怖いくらいだったが。
その最たるものが、あの子が医師免許をとった時に泥門家の──プレセア様から直々に祝福を授けられた事だ。そういう事は滅多にないからなぁ……
っと、話が逸れたかな。
それで、だな。あの子が医師免許をとって初めての患者というのが、星崎家の長男坊──そうそう、疾風くんだ。
初仕事と言う事でずいぶん張り切ったんだろうなぁ……
「じゃ、甥っ子は連れて帰りますんで」「……ありがとう、ございました」
あ奴は夕方にはピンピンしていた。退院前に徹底的に調べたんだが、毛ほどの傷も見当たらん。念のためにと、瑞希が遺伝子ベースに至るまでの精密検査をしたそうが、全く異常は見受けられなかったという。
そうだとすれば、する事は完治証明書を出すくらいしか無い。
完治証明書や診断書というのは、学校や警察署に提出する形式的な手続きだ。
一応、診断書には全治1週間、原因は打撲としておくか。
備考欄には予後の経過観察に最低1年を要す…… ふむ、これで良かろう。
治療費は、ドラ息子の父親からふんだくっているから何の問題も無い。
現金混じりの小切手払いだったが、そこそこの額だったな。
どのくらい貰ったかって?
あの兄妹の治療費は生涯無料にしても釣りが来るとだけ言っておこうかの。
この事件は、それでお終いだ。誰が何と言おうと表沙汰にならないからね。
まあ、そういう事にしておいてくれい。
どちらかと言うと、後日談の方が面白かったなぁ……
長男坊がここに担ぎ込まれた時に、たまたま肩の痛みで理学療法を受けに来ていた台山寺の住職──あの生臭坊主がそれを耳にしたのだな。
治療もそこそこに、寺に帰ると色々と支度を始めたんだよ。
やれ戒名だの、墓石の手配だのとな。
星崎家は台山寺の檀家なんぞではないというのになぁ。
あそこは代々、彌榮神社の氏子だぞ? お前に出番なんかある筈がないだろう。
何を罰当たりな事を…… と、思っていたらだな。
本当に罰が当たりおった。
翌日になると、寺の境内は猫がびっしり詰まっていたと言うんだな。
実はあいつは大の猫嫌いでな。そうじゃなくとも猫の毛のアレルギー持ちだし、子供のころには、しょっちゅう猫に襲われていたもんだよ。
いや、最後のは自業自得だから同情する必要はないぞ。
それからというものの、不眠不休で経文を唱え続けていたらしい。
3日間で唱えるのをやめたのは、木魚がいかれたからだと言うが……
いかれたのは木魚だけじゃなくて、やつの身体の方だろうに。
特に肩とひじは重傷だな。
ほれ、いまも理学療法──電気治療…… おっと、EMSの電圧が高すぎたか。
身体がびっくんびっくんしているが、まあ死ぬ事はあるまい。
なにせここは病院だし、」あいつは坊主だからなぁ。わっはっはっは……
さっきも言ったが、あそこでびっくんびっくんしている奴は台山寺の住職だ。
だがな、そろそろ息子の佳次郎君か。彼に寺を譲った方がよくはないか?
その身体では払子を使うのも大変だろうに。
あとはだな、これは医者として言うんだが、趣味も控えた方がよ良いぞ。
パンクロッカーやデスメタルもいいが、歳を考えろ。
まあ、なんだ。儂も趣味については何も言えんし、言う気もない。
少々のめり込んではいるが、お前のよりはマシなジャンルだと思うぞ。
それと、もうひとつ。酒はやめろ。
このままでは間違いなく肝硬変で死ぬぞ。
お前には見えんのか?
柄杓星の傍らに蒼く輝く、あの星が。
柄杓星というのは、北斗七星の別名です。
でもでも。七星と言いながら、実は八つの恒星から成り立っていたりして。
2等星が6つ、3等星がひとつ。そして、4等星がひとつ。
この4等星は比較的暗い星なので、目が衰えてくると見えにくくなるのです。
そのために、別名を寿命星とも言うんだとか。
でもって、この星が見えたら一年以内に死が訪れるとか訪れないとか。




