私は看護婦で医者だけど
中学校に進学した星崎くんは、最近は怪我をする事もなくなった。
怪我をして病院に来る悪い子には、私なりにお仕置きをしているからね。
うっふっふ。それはそれで楽し…… いえいえこっちの話。
聞くなよ? 聞くんじゃないよ、どんなお仕置きをしたかなんて。
最近は病院に来るのは腰痛だの神経痛だのを訴えるジジババか、母親に連れられてやってくる子供に予防接種をするくらいだ。
平穏な日が続くのは良い事だが、はっきり言って暇だ。
暇すぎて昼寝がががが……
「医者と軍隊が暇という事は、それだけ世の中が平和という証拠だよ。
実にいい事じゃないか」
そう言って、私がたてた抹茶をすすりながら笑っている院長先生も、かなりの年齢になっている。それもそうだろう。
私があの事件の後で病院に引き取られてから、そろそろ20年になる。
それは、私が奥様先生の手で命を救われてからの歳月だ。
そして奥様先生が、息を引き取ってから15年が過ぎたということ。
長いようで、あっという間に過ぎ去ったもんだなぁ……
あれから5年がかりで私の身体を治してくれた奥様先生だが、その治療内容はとんでもないモノだった。私の身体を生かすためとはいえ、あれは治療と言う名の改造手術と言った方が良いかも知れない。
結果として見てみれば、私は死の淵から無理矢理に引きずり戻された。
その代償は、男であり女でもある人工的なミュータントになってしまった。
もしもミュータントという言葉に語弊があるなら、改造人間でも良い。
手術が終わってからの私は、生き残った事を後悔しかかった事もある。
肉体的な傷は、外科手術と回復魔法のおかげで半年もしないうちに回復した。
つぎはぎだらけの神経は私の言う事を聞いてくれなかったから、最初の数週間はおむつ無しではまともな生活すら…… あれは辛かったな……
でも、それは序の口だったよ。
あの時の手術は、骨や内蔵にまで及んでいたんだ。
その影響で、ホルモンバランスは常に狂いっぱなしだ。
杖をつきながらでも、歩く事が出来るようになるころには1年が過ぎていた。
その間に、奥様先生が、裏で色々と手を回してくれたらしい。
ギャンブル狂いの両親はレースで大穴を当てたようだ。江戸で大豪邸を即金で買えるほどの金額だったらしいが、わずか1週間で全て失ったんだとか。
あいつらの末路は、とっても酷いものだったらしい。
手に入れた大金は、すべて借金取りに巻き上げられたというのに。
それでも、あいつらは酒やギャンブルから足を洗う事もせず、遂にはクスリに手を出したんだそうだ。警察が両親の家に踏み込んで見た姿は、思わず目をそむけるようなものだったらしい。
訳も分からないクスリのせいで人間の姿すら、していなかったんだ。
「うふふ、これであなたは自由になったのよぉ。
あなたのご両親やハイエナのような親戚からも、ヤクザからも、ね」
不思議な事に、両親には子供が『いなかった』のだ。
彼らが虐待していた2人の子供の存在は…… 痕跡すら残っていなかった。
すべての戸籍の原本であるはずの壬申戸籍にさえも、だ。
だから、あの2人は戸籍の無い子──人身売買の犠牲者…… えええええ?
そう言ってにっこりと笑う奥様…先生は、私に一枚の書類を見せてくれた。
これは戸籍謄本…… ドゥーラの役場で発行されたものだけ… どぉぉお?
名前の欄に記されているのは…… 後藤 瑞希って……
「あなたは1億人にひとり、発症するかどうかという珍しい病気の治療をするために帝大医学部の附属病院で、治療を受けていたの。
そ・う・よ・ね、瑞希ちゃん?」
異様な迫力に気圧された私は、思わず頷いてしまったけど。
そう言えば、性別の欄は何も書いてなかったなぁ……
「ん? どうした?」
「……いいええ、なんか、暇だなぁ…… って」
「ふむ」
そう言って、抹茶を片手に固焼きせんべいをバリバリと噛み砕いているのは、奥様先生の旦那様。つまりはこの病院の院長先生だ。
私の身体の秘密を知っているのに、何も言わずに父親役を引き受けてくれたのは、何故だろうかね。
何にしても、不思議な人だなあ……
そう言えば、この数日というものは、数えるほどしか患者が来ない。
そして、こんな具合に暇な時間が続くと、だ。
周囲のジジババから、よく縁談の話が舞い込んでくるんだ。
それというのも、私はこの病院の一人娘だから…… だろうなぁ。
たしかに私は、好きな人の子供を産んであげる事が出来る身体だけど、同時に子供を産んでもらう事だって出来るんだ。
そういう意味で、私は『どっち』を選べば良いんだろう。
ちょっと悩む事はあるけど、まあいいか。
奥様先生は、あの松戸先生の弟子ですから……
何があっても不思議じゃないんです。




