看護婦さんは思い出を語る
少し、昔の話をしようか。
私の親ははっきり言ってロクデナシだった。
酒に溺れ、ギャンブルに狂い、日雇いで雀の涙ほどの金を稼ぐ毎日だ。
ヤクザに脅されて、犯罪まがいの事もやっていた。
そんな奴らに子供の世話なんか、できる筈がない。
風呂に入れてもらえない日が何日も続くのは当たり前。
ろくな食事も与えられずに、何かあれば殴られる日常。
ほんとうに、悲惨な子供時代だったと思うねぇ。
今にして思えば、私が生きているのは運が良かったからだ。
それが終わりを告げたのは、私が10歳のころ。
あるとき、私はギャンブルに大負けした両親から酷い暴行を受けた。
私も、一歳年下の妹も…… 夜遅くまで。それこそ動けなくなるまでだ。
さすがに拙いと思った両親の手で病院に放り込まれたけれど、私はそこでひとつの選択肢を与えらる事になる。
「親御さんは崖に張り出した木の枝から落ちたと言っていたけど…… どう見てもこの傷は木から落ちた時に出来るようなものじゃないわよ」
私を診てくれたのは、先生の奥様だった。彼女は私の傷の手当てをしながら、これが単なる事故ではない事を見抜いていた。
どうやら、あの親は自分たちがした事に頬かむりをして、私たちが真夜中に木登りをしていて、地面に落ちたと言ったらしい。
「正直におっしゃいなさい。あなたち ……殴られたんでしょう?
それも何か鉄の棒か金槌のような硬いもので」
その質問に、私は黙って涙を流す事しか出来なかった。
そして、そのひとしずくの涙で私たち兄妹の運命は決まった…… のだろう。
私は両親から受けた暴行について、憶えている限りのことを話した。
いや、話したというよりも、心のうちをぶちまけたんだ。
両親がギャンブル狂いだという事。ご飯さえろくに食べさせてもらえなかったこと。気にくわない事があると、いつも殴られたり蹴られたりすることを。
いま手当てをしてもらっている怪我は、両親からバールやハンマーで殴られたからなのだと……
そして、あんな地獄のような生活から逃げ出したいと。
話をしているうちに、私は泣いていたらしい。
「偉いわね。よく今まで我慢したわ。キミに私が魔法をかけてあ・げ・る」
それから何があったのかは、はっきり言って憶えていない。
腕にちくりと何かが刺さった気がしたと思ったら、急に…… とても抗う事が出来ない猛烈な眠気が襲ってきたから。
意識が途切れる前に、聞こえたのは……
──これからあなたは生まれ変わるの。次に目覚めた時には……
再び意識を取り戻したのは、それから3日が過ぎた日の朝だった。
そして、奥様からショッキングな事実を聞かされた。
「あなたの妹さんはね…… 病院に着いた時にはもう……」
「……そう、ですか」
その言葉を聞いているうちに、ふいに視界が歪んだ。
まぶたの裏に、妹の──ろくに食べ物さえ与えられずに、痩せこけてた姿が。
最後まで笑う事を諦めなかった健気な姿が…… もう会えないなんて。
それなのに、なんで私は生きている?
「でもね、あなたの身体の中で、妹さんは生きているから。」
「……!?」
「そのお陰で、あなたは死の淵から戻ってきたの。だから、あなたは何があっても生きなさい。あなたは妹さんの分まで生きて、生きて、生き抜いて。
幸せになる義務があるのよ」
どうやら、あの時は私の身体も殴られ過ぎて駄目になりかかっていたらしい。
あと数時間遅かったら、私も妹の後を追っていたそうだ。
せめて私だけでも助けようと、苦渋の決断を下した──下さざるを得なかった。
あの時の奥様先生は、とても悲しそうな顔をしていたのを憶えている。
「手術は上手くいったから、あとは時間をかけて回復するだけ。傷が治ったら、リハビリを頑張らなくちゃね」
これは後から聞いたんだけど、あの人は…… あの松戸先生の弟子だ。
それも、かなり強引に…… 押しかけ弟子をして、教えを請うたそうだ。
その成果が、私の今の身体というわけか。
奥様先生の手で、死の淵から引き戻された私だけど、身体の何割かは、妹の身体だったものだ。それでも直しきれなかった部分は、機械で補う事すらした。
そして幾度も回復魔法をかけられた私の身体に、傷跡ひとつ残っていない。
とはいえ、それで治療が終わった訳じゃない。
リハビリも大変だったけど、それ以上に大変だったのは身体の中身が滅茶苦茶になっていたこと。私の身体が、医療サポート無しで何とかなるころには……
あの事件から5年もの時間が流れていた。
うん、昔の話で悪いんだけど、つまりはそういうわけ。
両親からの虐待で死にかかった瑞希君(瑞希さん?)の身体はボロボロでした。
もしも別の病院に連れていかれていたら、冗談抜きで名前が変わっていたかも。
意味が分からない? 諡名とか戒名って言えば……
そうです。つまりはそういう事というわけで。




