院長先生は名医中の名医
俺の流感が治ってから、しばらく時間は進めるとしよう。
春頃からの俺は、かなりおかしな状態だったのは自分でも分かっている。
まるで身体から精神が抜け出しかかっていたような──俺の精神は、身体のある場所から30センチくらい横にズレている──感覚に苛まされていたからだ。
最近はかなりマシな──それでも、まだ横に10センチくらいはズレた感覚はあるけど──状態にまで落ち着いている。
少なくとも頭の中はスッキリしてきたかな。
そんな事を考えながら、俺は学生服を着ながら初夏の空を見上げていた。
6月からは衣替えで夏服に切り換えても良いんだけど、真面目に衣替えをする奴なんかいる筈がない。
学生服には、冷却の魔法や加熱の魔法が込められているんだ。決められた位置に魔晶石を固定すれば発動する仕組みだけど、こいつは軍事技術──富岳の乗組員が着る飛行服に使われていた──を民間用にフィードバックした技術だ。
つまり、爺ちゃんたちの時代には軍用だったんだよね。
富岳と言えば…… そろそろドゥーラの航空祭だなぁ……
小さいころに爺ちゃんと見学に行った雷電に続いて、最近は昔の飛行機が次々に復元されているそうだ。
今年は烈風──3号零戦って言われてるアレ──が何機か飛ぶらしい。
そのうちに富岳… 現役のジェットじゃなくて、昔のプロペラ機の──正式な名前は富岳11型──の復元とかが始めるかも知れないな。
その富岳を製造したのは、ニータグにある東洋最大の航空機メーカーで、設計図は今でもきちんと保管されているって話だ。
でも、全長50メートル、幅68メートルもある巨大な富岳の復元には、莫大な金額が必要になると言われているんだ。
もしも寄付金が──それでも1000両箱がいくつ必要なんだい? って額になるらしい──集まれば何とかなるかも知れないけど。
そんな物好きがいるのかねぇ。
学生服を着込んだ俺は、魔方陣が働き始めるのを感じながら学帽をかぶると、玄関に行って靴を履く。
俺は完璧な引きこりって訳じゃない。時々は家の外に出る事もあるさ。
そして今日は通院日ってやつだ。
そんな俺なんだが、よく学院の入学許可が取り消しにならなかったと思ったんだけど、俺には進学予備課程に行けるだけの学力はあるって話だそうだ。
だから学籍が残されたんだ。まあ教室で授業を受ける事は無いんだけど……
──年度の途中から登校しても、クラスに馴染むのは大変だろう?
君は『病気』なんだ。通学しなくても構わないから、今は治療に専念したまえ。
……学校からの説明では、そういう事になっている。
だから自宅学習と言うか、医務室通学をする事になるんだが、代わりに課題が出ている。中には教科書に書いていないレベルのものもあるんだが。
でもまあ、ネットとかで調べれば何とか分かるんじゃないかね。
あとは定期試験だけは受けるように言われているくらいかな。
玄関で靴を履いていたら、母さんが紙袋を持って来た。
「そうそう。病院に行くならこれも持って行ってくれる?」
袋の口からは、ふわりと白桃のいい匂いが漂ってきた。
ああ、もうそんな季節になるんだなぁ……
「たくさんとれたから、先生にもおすそ分け」
「うん、わかったよ」
さっきも言ったけど、今日は病院に行く日なんだ。
これは学校側の言う治療──カウンセリングと薬を処方してもらうため──だ。
診断結果は医務室と共有されているには言うまでもないよね。
ちなみに俺が行っている病院は、それほど大きなものじゃない。
それに看板は外科病院という事になっているけれど、ここの先生は大抵の病気は診てくれる。つまり『地域を支える病院』というやつだね。
そして先生の手に負えないような患者が担ぎ込まれると、国立病院に紹介状を出してくれるそうだが…… 滅多にないんじゃないかなぁ。
だって俺が小さいころに交通事故にあった時もここで治療してもらったんだ。
近くのお寺──台山寺の住職さんが袈裟を着てスタンバっていたと言うから、よほどの重傷だったんだと言うんだけど。あの人、大げさ過ぎ!
夕方にはすべて治療が終わってて、傷跡ひとつ残っちゃいなかったもん。
でも、交通事故に遭った時の事よりも病院からの帰りに叔父さんが焼肉をごちそうしてくれた方が記憶に残っているかな……
うん、あれは実に美味しかった。
やっぱ常陸牛はサイコー!
富岳は今から80年以上も前に、アメリカ本土爆撃をするために開発が進められた超大型戦略爆撃機です。大きさは大型旅客機(ボーイング787)と同じくらい。
試作機を途中まで組み立てたという話もありますが…… ホントかな?
連山が飛んだのを知ってるけど……




