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影の戦争  作者: 影宮閃
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第八章 神官の共助

 幸いなことに――この際、何が幸いかは置いておいて――乾燥機の中にぶち込んでいたおかげで、コヨミの制服その他パーカーなどは無事だった。ちなみに――ちなまなくても――乾燥機自体は黒焦げだった。

 上履きも当然灰になっていたが、ジョーが学校からローファーを取って来てくれた。

 そういうわけで、コヨミはいつものパーカーOn制服姿に戻ることができた。タイツだけは替えがなかったので諦めた。少々寒いが、まぶしい女子高生の生足をさらけ出している。

 そして今、再び住宅街に戻ってきた。

 ただし、コヨミとおばさんの家ではなく、そこからもう少し住宅街の中心に近いところにいた。

 とある一軒家の前で、その対象たる家を見上げている。

 その家は、黒い屋根と灰色の壁のせいで、どこか寂しさを感じてしまうたたずまいだった。道路から三段ほど上がったところには小さな手押し門が設置されていて、石で出来た表札に「夢見」と漢字で書かれている。

「――ホントにこれが、神官の家なん?」

 穢れなき朝日が大変に眩しい。

 ちゅんちゅん、ちゅんちゅん、と雀がお散歩に興じる中、コヨミは疑心暗鬼になりながら古臭い家屋を指さした。

「あぁそうだ!……のはずだ」

 心なしか、ジョーは少し自信なさげだった。

「まさかこんな近所にあるとか……うちの家、あっちなんじゃけど」

 指をさしつつ振り返ると、昨夜破壊されて転がってきたアスファルトの破片が見えているような気がする。気のせいだあんなもん、とコヨミは自分に言い聞かせた。

「僕もこっちの・・・・拠点に来たことはないんだ……この辺りは似たような家が多いし……」

「そのメモ、信じてええの?」

「あぁもちろんだ!……のはずだ」

 そうだ、ジョーはまだ未熟な捜査官だった。俺童貞じゃないよ!という高校生男子の言葉くらい――ちょっと待ってくれ、いくらなんでも信用度が低すぎる――とにかく信用性がない。

 どっはあぁ、と大きなため息をついて、コヨミは「夢見」と書かれた表札の下、インターホンのボタンを押した。自宅うちよりも高価な、こちらはカメラ付きだった。

 ピンポーン、ピンポーン、と、チャイムが二回繰り返された。

 まるで事前に示し合わせたかのように、すぐに返事があった。

〔どちら様でしょうか〕

 スピーカー越しでもわかるほどの、青リンゴのように爽やかな声が帰ってきた。

 超がつくほどのイケメンに首筋をなめられたようにゾクゾクする自分がいて、コヨミは少し面食らった。

「あー……FBI捜査官のジョー・サイラスだ」

 ジョーが上半身を乗り出して、コヨミの代わりに答えた。

 インターホンの向こう側は一瞬沈黙した。

 ジョーはこめかみをぴくぴくと痙攣させ、インターホンに唇を近づけた。

「もしかして、忘れちゃったかな?」

〔もちろん記憶しております。しかし、あなた方のご要望にはお応えできないと、すでにお断りしたはずです。お嬢様はお忙しい。つい今朝方、お戻りになられたばかりなのです。どうかお引き取りを〕

 青リンゴの声の主は明らかに気分を害したようだった。申し訳ないが、コヨミもそれに同意だ。ジョーには悪いが、なんだか喋り方がイライラするのだ。

「すまない、緊急事態なんだ」

〔こちらも常に緊急の案件を抱えております。お引き取りを――〕

「マッケンジーが死んだ!」

 インターホンが必要ないほどの声量でジョーは叫んだ。

 びっくりした雀と鳩が慌てて逃げていった。

「僕と一緒に捜査していた、マッケンジー捜査官が死んだ。頼む、手詰まりなんだ……なんとか慈悲を……」

 ジョーは塀に両肘をついて、じゃりじゃりとずり落ちながら懇願した。

 昨日までのコヨミなら、なんと情けのない格好だと揶揄していたが、今となっては違う。

 真面目腐ってお願いごとをするなんて、コヨミ的に最も難易度の高い行為だった。たぶん、人生において初めての経験だった。でも、ジョーが――ブサイクながらも――お手本を見せてくれたのだ。覚悟を決める時だ。

「うちからも、お願いします」

 スカートの前で両手を握り合わせ、深くふかく頭を下げた。

「うちのお父さんを助けたいんです。お願いします」

 インターホンの向こうは、しばらくの間無言だった。

 どうしよう、頭の下げ方、間違ってたらどうしよう――本質とは全然関係ないところで不安になりながら、それでもコヨミは頭を下げ続けた。

 いい加減に背筋が悲鳴を上げ始めた頃、ようやく返答があった。

〔しばしお待ちを〕

 コヨミはびっくりして、起き上がりこぼしのように上半身を跳ね上げた。同じくインターホンから飛び上がったジョーと見つめ合い、パチパチと目をしばたいた。

〔お待たせいたしました〕

 青リンゴのように爽やかな声が戻ってくる。

〔お嬢様がお会いになります。どうぞ中へ〕

 コヨミとジョーは頷き合った。

 ジョーが手押しの門を押すと、なんとも寂しい音で鳴いた。

 二人は門をくぐり、玄関までのポーチを歩いた。

 あと数歩で玄関にたどりつくというとき、待ち構えたようなタイミングで玄関扉が開いた。

 彼が青リンゴの声の主だ。コヨミは直感でそう思った。

 なにせ、超がつくほどのイケメンだったからだ。

 まるで西洋の絵画から抜け出してきたような顔立ちだった。色白で鼻が高く、奥二重のまぶたに鋭い瞳を持ち、パーマがかかったようなクセっ毛は、眉毛にかかるくらいで整えられている。一点不思議なのは、目も髪も、日本人のように真っ黒だということだ。背格好は〝戦争〟と同じくらいスラリと高く、黒いワイシャツに濃い灰色のベスト、黒いスキニーパンツに覆われている。その上から夜のような色をした長いチェスターコートを羽織り、足元のハーネスブーツが、革製品独特の鈍い光を放っている。

 日本の住宅街にはあまりにも場違いなその存在に、コヨミはしばらく見とれてしまった。

 彼は右目を神経質にしばたかせ、視線の動きでジョーとコヨミを素早く洗った。

「バルト・シルヴェスタキと申します。どうぞこちらへ」

 出てくる声はやはり、青リンゴのように爽やかだった。




「こちらでお待ちください」

 バルト・シルなんちゃらの案内で、コヨミたちはリビングに案内された。神官の家だというので少し身構えていたが、中に入ってみれば何の変哲もない住宅だった。うまく言えないが、もっとこう、ギリシャっぽい何かを想像していた。大きなテレビに向かうように二人掛けのソファが置かれていたので、ジョーと一緒に腰かけた。

「ねぇ、あの人が神官なん?」

 部屋を後にするバルトの背中を目で追いかけながら、コヨミは小声で聞いた。

「あぁ~、いや、あの人はたぶん、お付きの人じゃないかな……?」

 ジョーはそわそわしながら答えた。自信がないのが丸わかりだ。

 どったんばったんと階段を駆け下りる音がして、しかしなぜか部屋の扉は自動ドアのようにスムーズに開いて、一人の女の子が転げそうになりながら飛び込んできた。

 とびきり可愛くて、そして暴力的なまでに胸の大きな女の子だった。

 ジョンが素早く立ち上がったので、コヨミもそれにつられて立ち上がる――途中で固まった。

「あーはいはい!ごめんなさぃ!お待たせしちゃっとぅえ――」

 その子は、コヨミの姿を認めるなり、はて、と固まった。コヨミは彼女の可愛さに刹那見とれた。

 桃色の頬に、長いまつげと二重のまぶた、瞳の色は美しい翡翠のよう、亜麻色の髪をツーサイドアップにしていて、唇はさくらんぼ色をしている。そして前述のとおり、胸が暴力的にでかい。惚れた男を窒息死させることができるほどでかい。そこだけ見れば円熟した女性かと思われるのだが、いかんせん顔が幼い。服装もコヨミと同じように学生服だ。同い年でギリギリすりきりいっぱい、年上ということは天地がひっくり返ってもないだろう。

「この子が神官なん?――あぁ!?」

「この子が依頼主なの?――はいぃ?」

 二人して完璧にハモリ、二人してキレた。人差し指を上げるタイミングから地団駄踏むタイミングまでまったく一緒だった。

「彼女が神官の――えぇと――神代かみしろ愛子あいこさんだ。女性だと、そう書いてある。とてもキュートな?」

 メモを見ながらジョーが解説した。

「お嬢様、お客人の前ではしたないですよ」

 ダイニングの椅子を音もなく手繰り寄せながら、すました顔でバルトがたしなめた。

 愛子は「はぁい」と渋々返事をし、不貞腐れたまま、バルトが持ってきた椅子にどかんと腰かけた。コヨミは、自分も同じくぶっすぅ~としていたことを棚に上げた。

「えー、こほん」

 仕切り直しとでも言わんばかりに、愛子はわざとらしくこほんとつぶやいた。

「それで?私に助けてほしいってのは?えっとー」

「この子だ、日陰コヨミ、先日私とマッケンジーが訪問した件で――」

「先日?なんだっけ、バルトぉ?」

 まだジョーが話している途中なのに、愛子は体をぐりん!と回転させ、キッチンに向かったバルトに質問を投げかけた。

「影の世界の話です。こちらの世界へ、侵略が始まっているのではないかと」

 足音一つ鳴らさずにキッチンからやってきたバルトは、豪華なティーセットを乗せたお盆を運んでいた。先ほどからこの振る舞い、彼は愛子の執事か何かなのだろう。

「あー……はいはい!あれ……ね!あれ!」

 とても大丈夫そうには見えない表情で、愛子は頷いた。

 ジョーが苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、早速本題に入った。

「それで、依頼というのは、その侵略をどうにか止めたい。この子の父親が――」

「え!?お父さんが侵略者なの!?」愛子が翡翠の瞳をテニスボールほど大きくさせる。

「違うし!うちのお父さんはうちを守ってくれて!あっちの世界に落っこっちゃったの!」コヨミはムキになって否定する。

「その父親を助けて、侵略を主導しているとうわさされる、影の女王との対話を試みたい」

 少しぴりぴりしながら、ジョーが話を本筋に引き戻した。大人は大変だ。

「だが、影の世界に行くには、日食の時にだけできる〝道〟を通らねばならない。そして、日本ではしばらくの間日食は起きない。何年も」

「それで、神官であるお嬢様のお力をお借りしたいと、そういうことですか」

 優雅に紅茶を注ぎながら、イケメン執事がそっと付け加えた。

 ジョンは「その通りだ」と頷いた。

 愛子は可愛い顔を梅干しのようにすぼめて、うーん、と首を唸った。バルトが淹れた紅茶を少し嗜んでから、さくらんぼ色の唇をきゅ、と結んで、開いた。

「異世界の――そうね、私なら確かに扉をひらけるかも。でもごめんなさい、私たち神官と影の世界は、不可侵の条約を結んでいるの」

「フカっ――シ――えっ?」

「不可侵だ、お互いに干渉――つまり――ちょっかいを出さないようにしましょう、ってこと」

 同い年くらいの女の子の前でジョーにたしなめられ、コヨミはさすがに恥ずかしくなった。顔から火が出そうだった。誤魔化すようにティーカップを手に取り、淹れたての紅茶をがぶがぶ飲んだ。口の中を火傷した。そういえば、〝戦争〟の昔話にそのような話が出てきた気がする。とはいえ明日からは真面目に勉強しようと、心の中で決意した。

 コヨミのティーカップにおかわりの紅茶を注ぎながら、バルトがそっと付け足す。

「影の世界だけではありません。古の神官たちは、この世で起きるありとあらゆる事象から人類を守るため、苦心されてきた。そのつたない均衡、平和を維持するために、基本的にはどの世界とも干渉しない取り決めをかわしています」

 ジョーがふふ、とムカつく含み笑いをこぼす。

「あぁ、なんか似たような話をしてるやつがいたよ。その心意気には頭が下がる、僕も。でもなんとかならないかい?このままじゃ、その条約とやらを破って、やつらがこっちの世界に攻め込んでくる。それは君たちも望むところではないんじゃないか?」

「う~ん……そーなんだけど……」

 愛子は人差し指をたてて、両方のこめかみをぐるぐるなぞる。昔施設で見た、考え込むときの一休さんのようだと、コヨミはぼんやり思う。

「私、色々やらかしちゃてるからぁ……オルバルトさんにまた怒られるのはヤだし……」

 世界の命運よりも自分が怒られるかどうかを気にしているのかこの爆乳女子高生は、とコヨミは頭の中で突っ込む。同時にふざけんなよ、とも思う。

「あっそうだ!日食!日食が起きればいいのよね?バルト?」

 世紀の大発見!と言わんばかりの笑顔で愛子が両手を鳴らす。

「はいお嬢様」

 バルトは飽和する限界まで砂糖を混ぜたコーヒーのように激甘げきあまの笑顔で肯定する。

 あまり他人様ひとさまの家庭環境をとやかく言うものではないが、そこはかとなく教育方針の誤りを感じる。

「私があなたを影の世界に送り込んだら条約違反だけど、あなたが自分で・・・日食の・・・を通って・・・・いけば・・・、なんの問題もないわ!」

「すでに調べは済んでおります。ちょうど二日後に、アメリカで金環日食が観測できる予報です」

「えっそうなの!じゃ、オラージェさんに頼んでぇ……」

「すでにユナイトクリフ殿を通じて、オラージェ様にVTOLの手配を依頼済みです」

「きゃ~!さっすがバルト!ありがとーっ!大好き!」

「あとでお嬢様からも、オラージェ様に謝意をお伝えいただけますと幸いです」

「うん!わかった!そうする!」

 完全に二人の世界だった。サルビアの花畑が見えた。コヨミたちには、質問を挟む隙すら与えられなかった。ティーセットを片付けるバルトの背中にきゃっきゃと手を振る愛子を見ていると、なにやらとんでもなく破廉恥なものを見せつけられた気がしてくるから不思議だ。

「えっと……なにが……?」

 コヨミはソファからずり落ちそうになりながら、愛子の背中に聞いた。

 背もたれに乗りかかっていた愛子は、顔だけで振り返った。

「ふぇ?あー、行くの、これから」

「行くって、どこに?」

「――決まってるじゃない、アメリカよ?」

 近所のお好み焼き屋に行く時と同じテンションで、愛子はとんでもないことをさらりと答えた。

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