先に生まれただけなのに 【エアホッケー】
「あ、先生!次はアレで遊びましょ」
今日は教え子の一人に誘われ、昨今珍しき大型のゲームセンターまでやってきていた。
「ああ、分かったから引っ張らないでくれ」
当初の予定では、僕は遊ばずに教え子である彼女を見守るだけのつもりでいた…のだが、どうやら周囲の雰囲気に吞まれたらしい。今はこうして彼女と並んで遊び、更にはジュースを賭けた勝負まで持ち掛ける始末。
『学生だった頃でも思い出したのかな、』
そんな懐かしきあの頃に思いを馳せながらの勝負は、とんとん拍子に2敗0勝。
レースゲームに負け、コインゲームでも負けていた。
「…」
ジュースを買うことは別に良い。しかし勝負に負けて買うというのは、どうにも僕のプライドが許さなかった。
幸い、勝負は三本先取。今は負けが込んでしまっているが、まだまだ挽回の余地はある。
その証拠に彼女が指差した先にあるゲームは、これまた懐かしいエアホッケーの筐体だった。
そう何を隠そう僕の得意ゲームである――神は微笑んだと言えよう。
「この僕にホッケーを挑むとは、、ふっ。もしも僕が学生の頃なら君は後ろ指さされ笑われ、学校を退学にまで追い込まれていた所だったよ、っふふふ」
「先生は学生時代、ホッケー漫画の世界線か何かで生きていたんですか?」
後ろでごにゃごにゃ騒いでいる教え子のことは気にせず、目を瞑りエアホッケーに集中する。
――エアホッケーとは簡単なゲームのように見えてその実、奥が深い。
ディスクを敢えて壁にぶち当て、跳弾によってゴールを狙ったり。敢えてのあえて 開幕から力の限りにストレートを放ったりの心理戦はもちろんだが、本当に重要なのはそこではない。
「…―――」
エアホッケーとは敵ではなく己との対決である。
自分の慢心と油断をどれだけ排せるかの勝負。なぜなら素人同士のエアホッケーほど逆転の容易なゲームはないからだ。だからこそ勝っている時に己を律し、平静を保つことが必須なのだ。
焦りや余裕からのオンゴールなど目も当てられない。
逆に相手の油断や慢心から来るミスを誘発し、それによって相手が自滅するのを辛抱強く我慢強く待つことも重要である。つまり油断を排し、油断を誘う事こそがエアホッケー勝利の秘訣であり、このゲームの必勝法なのだ。
『エアホッケーとは、自身の心を鑑みさせる心理装置なのかもしれないな…』
「いざ、尋常に勝負だ!」
「なんですか急に大声ださないでくださいよ」
「ディスクスタンバイ!」
「やっぱり先生はホッケー漫画の住人だったんですか?」
◇
「え~っと、、じゃあ。コーラでお願いしますね、先生」
「なん…だと…」
勝負にすらならなかった。
この僕が…これじゃまるで、当て馬ではないか!