ピザ釣り
朝一番、日も昇り切る前に元気よく釣りへ出かけた父は夕暮れ時になってようやく帰ってきた。
今朝と同じく元気な父のホクホク顔は、今日の釣果の具合を教えてくれる。
「今日は釣れなかったのね」とは、母の言葉だ。
そう『釣れたのねではなく釣れなかったのね』だ。
小学生のような父は釣れなかった日こそ元気で、釣れた日こそ落ち着いているのだ。流石は母、父の事がよくわかっている。
「馬鹿言っちゃいけねぇ」と、思ったのだが父は自信満々な語気と表情で、クーラーボックスの蓋を開ける。
父はピザを釣って帰ってきたのだ。
◇
夕食時。
ピザを食べる父はいつにもまして真剣な表情で、大海原で相対したピザとの格闘を私たちに身振り手振りを駆使して語った。
小学生になる妹は「うそだぁ」と笑っていたが、父はそれに対して「ちぃも泳げたい焼きくんの歌は知っているだろう?たい焼きが海を泳ぐんだから、ピザが泳いでいても不思議じゃないだろ?」
ちぃとは妹の我が家での呼び名だ、千尋でちぃ。
まだまだ嘘や冗談を見抜けない純粋な妹に対し、見た事がないほど真面目な表情で嘘を騙る父は、母に脇腹を小突かれる。
ちぃが明日、学校で言いふらさないかだけが私は心配だ。
絶対、人気者になってしまう。
母に小突かれた父は笑いながら痛がるという高等テクニックを見せつつ、今度は標的を私に定める。
「みぃもそう思うだろ?」
父の笑顔を殺し切れていない顔に、なんて返そうかピザを食べながら考えた私は思い付く。
「私は…せめてシーフードピザだったら思うかもしれない」
そんな予想だにしていなかったのだろう私の返答に父は唖然としたのち、一本取られたと笑い出し。続けて母も口元に手を添えて笑い出す。意味の分かっていないちぃも両親に釣られて笑顔になる。
これは我が家の平凡な一幕。
『まぁ美味しければ、アジでもヒラメでもピザでもスシでも何でも良いんだけどね』なんて元も子もない事を私が考えていたなんてのは皆んなに内緒である。