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煙みたいに残る Smoldering  作者: 梅室しば
四章 史岐を縛るもの
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史岐の異変

 初めの間、汐子と遥を静観していた匠も、しばらくすると茶碗に白米を盛り付け、副菜をいくつか取って食事を始めた。午前の稽古に参加するという点では、自分も、いつ遥と同じように叱責を受けるかわからない立場にあると思ったのかもしれない。

 一方、史岐は、食堂までついては来たものの、入ってすぐに壁際の離れた席に突っ伏して、それきり身じろぎせずにいた。

 匠が食事を終えて出て行く時も、彼の方を見向きもしなかったので、利玖は、また兄が嫌味の一つでも言いはしないかと気が気でなかったが、彼は史岐を一瞥すると、

「必要そうなら、少し分けてあげなさい」

と自分の煙草を箱ごと利玖に渡して、去って行った。

 一体どうしたものか……。

 あまり腹は減っていなかったが、何か食べられそうな物はないかと冷蔵庫を開けてみた。油性ペンで個人の名前が書いてある物以外は好きに食べていいと汐子から説明を受けていたので、紙パックの野菜ジュースを一つ取って、ポケットに入れる。

 それから、紙コップを一つ拝借してコーヒーを注ぎ入れた。それを持っていくと、史岐は少しだけ頭を持ち上げた。

「兄は……」刺激にならないように、利玖は、話す声をめいっぱい低くした。「疲れや、雨のせいで頭痛がする時、よく熱いコーヒーを飲んでいます。彼もヘビィ・スモーカーですから、もしかしたら史岐さんにも同じような効き目があるかもしれません」

「ありがと」

 史岐は、かすかに笑いながら紙コップを受け取ったが、何しろ壮絶な顔色の悪さであるので、気を遣って無理をしているのではないかと、かえって利玖の不安は増した。

「利玖ちゃんも部屋に戻ったら? ちょっと休んだ方がいいよ」

「どの口が言うんですか?」

 思った事がそのまま声に出た。

 平常運転の利玖を見て、史岐が安堵したような、それでいて、どこか苦々しい何とも言えない表情を浮かべる。

「そうだね。でも、本当に戻った方がいいよ。……というか、その方が、僕も助かる。あんまり長いこと君と二人でいたら、匠さんに後で何を言われるかわかったもんじゃない」

 匠の名が出た事で、利玖は彼から煙草をあずかっていた事を思い出した。

「その兄が、必要ならあなたにあげてくれ、と」

「え……。本当?」

 利玖が渡した煙草の箱を、信じられない、というようにしげしげと見つめたが、それは単に、匠が自分を思いやるような行動を取った事に驚いただけのようだった。中身に手をつけようとはせず、テーブルに置く。

 利玖は、しばらく彼の隣で野菜ジュースを飲んでいた。

 しかし、その紙パックが空になる頃には、さすがに(もう諦めよう)という気持ちになって、部屋に戻る事を決めてぴょんと椅子から降りた。

「では、史岐さんもご無理はなさらずに。帰りの足の事なら、気にしないでください。適当な所まで歩いてバスを拾いますから」

 からかうような口調で言ってみる。

 自分一人ここに残して帰る気か、と言い返されるのを待っていたが、返事はなかった。

 だんだん、じれったくなってきて、ちらっと横目で史岐を見ると、彼は手で抱え込むように頭を押さえてうつむいていた。内側で、際限なく増殖し続けて、ついに溢れ出しそうになるものを、必死で押しとどめているような姿だった。

「え……、ちょっと、史岐さん!」

 思わず彼の体に触れて、利玖は、ぞっとした。肌が茹だったように熱かったのだ。

「待っていてください、今、救急車を……」

 一一九番を掛けようとした手を、史岐が押さえつけ、首を振った。

「大丈夫。……病気じゃない」

「じゃあ、何だって言うんですか。煙草の禁断症状だなんて言ったら殴りますよ」

 自分の手を振りほどこうと暴れている利玖を見て、史岐は苦笑した。

「いいよ、殴っても。でも……」

 史岐はそこで、一瞬、唇を噛んだ。

「その後、梓葉に電話してほしい」

「はい?」

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