謎
「ハイパースペースって、めっちゃ体感じなくなるから、とりまテンパンないでね!」
そう言うと若干プリン気味の金髪をおさげ髪にしたなぞの存在は、義輝に片目をつむって見せる。そして無重力状態の中でずれ落ちてきたルーズソックスを両手で持ち上げた。その際に短いチェックのスカートから下着が見えそうになる。義輝はそれをうんざりした表情で眺めた。
見かけはともかく中身は、まあ、それもある意味では本物そっくりではあるが、得体が知れない存在であることに変わりはない。それに所詮はこちらはペットの身だ。
義輝の視線に気が付いたのか、目の前にいる存在はピンクの派手なラメ入りの唇を僅かに上げた。そしてわざとらしくスカートの裾に手を当てて見せる。それを見た義輝の口から小さくため息が漏れた。やはりこいつは何を考えているのか全く分からない。
目の前ではさっきまで正面一杯に映っていた青い球、地球が今ではバスケットボールぐらいの大きさになっている。もっとも今の地球は義輝たち人類の物かと言われれば、とてもそうとは言えない。
とある地域で始まった紛争は、義輝がニュースの片隅の出来事だと思っているうちに、いつの間にか宇宙空間をICBMが飛び交う事態へとエスカレートする。日頃はのんきな義輝をはじめ、世界中の人々がこの世の終わりがきたことを覚悟した。丁度その時だ。宇宙空間からこの謎の存在が現れた。
突如現れたそれは人類の言葉で言えば、「やばくない?」の一言で、謎の電磁波を使い、地球上を飛び交っていたミサイルを動作不能にした。さらにそれに加担した各国政府を瞬時に消去する。だがそれにより、戦争に伴う混乱にあった世界はさらなる混迷へ陥った。
謎な存在は「めんど」と言いながら、人類共通の新しい行政府を立ち上げると、狂騒状態の人類へ救いの手を差し伸べたてくれた。つまるところ、人類はこの謎な存在に滅亡の縁から助けられたのである。人類は謎な存在に対し、頭を地面にこすりつけんばかりに感謝の意を示した。
謎な存在、少し小柄で金髪。それにガングロ気味の派手なメイクに、太ももまでしかないスカートとルーズソックス。どこからどう見ても日本のギャルにしか見えないそれは、人類に対し一つの要求を告げた。それは単なる日本の高校生、それも帰宅部でやる気なし、彼女なしの義輝の身柄だ。
当の本人を含め、人類全体がその要求に首をひねったが、新世界行政府は速攻でその要求を認めた。当たり前と言えば当たり前だ。義輝一人の犠牲で人類の安全が保障されるのであれば、それに否などあり得ない。
義輝の両親と姉も最初は驚いて見せたが、周りから義輝が人類の救世主などともてはやされると、わざとらしくハンカチで目を抑えつつ、すぐに義輝を送り出した。その結果、義輝は謎な存在と一緒に、宇宙船で地球を後にしようとしている。
さらに小さくなり、野球のボールぐらいになった地球を見ながら、義輝はもう少しとある店のチャーハンを食べておくべきだったとか、携帯ゲームに課金しておくべきだったとかをぼんやりと考えた。
その前へ金髪のおさげが顔を出すと、義輝の鼻をちょんとつついてにっこり笑って見せる。その笑顔をみながら、義輝は「一体こいつはなんなんだ?」と考えた。それはこの謎な存在が人類の前へ登場して以来、誰もが幾度も思ったことでもある。
「もしかして緊張している?」
謎な存在が義輝に声をかけた。気のせいかその顔は赤みを帯びているように見える。その表情に義輝は相手が謎な存在なのを忘れそうになった。
「大丈夫、私がついているよ」
「あのな、ペットはペットらしく扱えよ」
「えっ、何それ!」
「だって、俺はお前のおもちゃだろ?」
義輝の言葉に、謎な存在はプーっと頬を膨らませて見せた。その仕草はどこからどうみても日本の女子高生だ。いや、それよりもはるかに可愛らしい。
「違うよ。一目ぼれかな?」
「はあ!?」
「私はずっとあなたのことを、あなただけを見ていたの」
「何を言っているんだ。それになんでギャルなんだ?」
「だって、義輝はこれが大好きなんでしょう?」
そう言うと、謎の存在はその唇を義輝の唇に重ねた。その熱い吐息を感じながら義輝は考えた。ギャルも目の前にいるこれも謎な存在であることに変わりはない。つまるところ、見かけも中身も自分にとっては同じだ。
義輝は唇を重ねながら、少女が差し出した手を握りしめた。