悪役ド根嬢は破滅しない〜推しへの愛と生まれつきの根性で全て返り討ちにしますの〜
「キエエエエエエエエ!!」
薩摩で生まれ薩摩で育ち薩摩を愛する高校生。そう、それが私だった。
一家で示現流に打ち込み木刀を折る日々。朝には猿叫が響き渡り、祖母や母は近所に謝りに回る。
テストなぞ臨むところだ。古文がわからないなら家の古書やら昔の戸籍を読めばいいではないか。数学なんてすべて計算すればいい。……なんならテストなんて断ち切ってしまおう。
薩摩魂ここにあり! 大体は強気と物理でどうにでもなる!
と薩摩人らしく生きてきた私が、おそらく一生に一度の出会いを果たした。
友人が無理やり読ませてきた漫画、「白百合の聖女〜転生したらまさかの聖女!?」におられる、我が神、黒薔薇令嬢ローゼ様。
どこが悪役なのだろう。気高きその精神のなんと美しいことか。友人がいうには沼に落ちた、ということらしい。
神棚に毎朝の挨拶を済ませ、学校に向かった時だった。
ストラップが落ちてしまい、ご近所の林へ迷い込み、その中になぜかあった
沼に嵌って死すとは思いもしなかった。
二重の意味で沼に落ちて嵌り抜けられなくなってしまうとは、なんの因果だろうか。
↑ ↓ → → ← ↗︎ ↙︎ ↓
「キエエエエエエエエ!!」
「アン!?」
「お母様!?」
「なぜ花壇の上になんているの!? ああもう泥だらけじゃないの」
「ふわふわな土の上でもバランスを崩さず相手の急所を突くためですわ!」
そう言うとお母様は顔に手を当てて項垂れてしまわれました。どこか体調でもお悪いのでしょうか?
支えたいのは山々なのですが、私の手やら腕やらは鍛錬中でとても触れるような手ではございません。
「ああ、花壇のことでしたら何も埋まっていないのでご安心を。植え替えするとこだったらし……」
「っそんなことじゃありません!!」
と今日一番の大きなお声でお叱りになられると、お母様はメイドのクラリッサに支えられ、屋敷に戻られたのでした。
相変わらず私は怒られてしまったようです。
とりあえず鍛錬を続けていましたが、その後クラリッサが戻ってきて、止められ、風呂に入らされ、着替えさせられ、執務室の中へ。
「アン、そこに座りなさい」
「? はいお母様」
「アン・ドレッドノート侯爵令嬢。あなたにはその名に恥じぬ令嬢としての自覚が足りません」
ピシャリ! と言われてしまいました。まるで冷水を頭から被った気分ですの。
まだ……足りてないなんて。
「だから貴女はもう少し……」
早朝から始める剣術、日々の泥パックによる美容、六時間のダンス練習、マナーや礼儀作法についての勉強などなど……。
己が身を磨くためにまだやれることがあったとは!
「だからアン。奇声をあげて剣術をするのではなく、もう少し……」
「お母様!! 私精進致しますわ!!」
「ちょっと! アン、どこに行くの!」
勢よくドアを開け、自室へダッシュ。
とりあえず鍛錬を続けながらどうすればいいか考えましょう! ああ今度の夜会で他のご令嬢に聞いてみるのもいいわ。この間採掘してきた宝石でブローチを作ってつけていきましょう!
「ねえクラリッサ」
「はい奥様」
「どうしてあんな子が夜会の黒薔薇なんて呼ばれているのかしら」
「……色々と勘違いと熱量が酷いからかと」
「はぁ……」
私は完璧な令嬢になるのですわ。不屈の精神、先手必勝、女々しかことは悪かこと!
ああ、かのロマンス小説「白百合の聖女」に出てくる黒薔薇令嬢ローゼ様。
気高く美しく強く……なんて素晴らしい。あの方こそ私の心の主君。ぶっちゃけ話の内容は全く覚えていませんけれどもあのお方のセリフは全て覚えておりますの。
私と同じく王太子の婚約者であり、とにかく努力家。忠義に厚く人情深い……なんて立派な人物。
……王太子といえば殿下と最近お会いしていないけれどお元気かしら。どうでもいいけれど。そんなことより握力トレーニングね。
「お嬢様、握力トレーニングはいいですから! 息を吸ってください」
「ねえ前から思ってたのだけど、この鍛え上げてる私がコルセットなんて締める必要ないわ」
「たとえお嬢様の腹筋が鋼鉄のようだとしても締めなければならないんです!」
必要のないことを……。私の腹筋はもう締まり上がっているのに。シックスパックなぞ当たり前……あら? シックスパックってなんでしょう?
そうこうしているうちのにあれよあれよと馬車に乗せられ、気づけば夜会へ。
「……アン・ドレッドノート侯爵令嬢様がいらっしゃいました」
ここからはもう、侯爵令嬢モード。
魅惑的な漆黒の髪はたなびき、鋭く美しい瞳は冷ややかに、闇の色をした不敵なドレス姿。
夜会の黒薔薇。アン・ドレッドノート侯爵令嬢。
この噂通りにしなければ。
ボリュームのあるドレスに隠した短剣があることをもう一度確かめ、完璧な淑女へ。
「……ドレッドノート侯爵令嬢様だわ」
「エスコートは……」
「貴方知らないの?」
会場に入った途端ざわざわとせからしか。
そういえば、エスコート無しで夜会などの社交会に出るのは珍しいのだったわ。ないのが当たり前だからすっかり忘れていたけれど。
「ドレッドノート侯爵令嬢、良ければ私とダンスを一曲……」
「いえ、私と」
「いいや、私が」
相変わらず人が群がってくる。私が一歩踏み出せば感嘆が起こり、食事を取ればワイングラス片手に続々と寄ってきて。そんなにこの服が美しいかしら。十回に一度はこのドレスなのだけど。ワインだってそんなに上等なものじゃないわ。
「アン……」
「……まぁ、殿下。いらしていたのですか」
踊るのはめんどくさいですし、そろそろ令嬢方の元へ行こうとシャンパンを持ったところですのに。まさか、殿下が夜会にいらしていただなんて。お連れ様はどちら様かしら。全く存じ上げておりません。
「はじめましてアン様! 聖女のリリーよ! よろしくね!」
「リリー、彼女は元婚約者で……」
はぁ……?
なんというか、礼儀のなっていない人だこと。というか自分から名乗る聖女がありますか。笑止千万ですわ。殿下もこんな人に騙されるなんて。やはりお仕えするには品位が足りない。
「……殿下、良い夜を。そろそろ家の迎えがきた頃ですので、失礼しますわ」
こういう時は無視が一番。自称聖女様を無視したところで私が罰を受けるわけないですもの。
殿下とだって元々王家の権力を分散させるための婚姻ですし。政略結婚する予定の相手の妾と仲良くする必要はありません。
ああ、そういえば先ほど私のことを元婚約者と紹介していましたね。別に構いませんわ。
尊敬できない者のために時間を割くほど暇ではないのです。
「アン、君の家にも手紙が届いているとは思うが、君との婚約を破棄させてもらう」
「わかりましたわ。その件は後ほど書簡にて」
手紙なんて知りませんが。大方勝手に出して検閲に引っかかったのでは。みっともなか。
全く鳩が豆鉄砲くろうたような顔して。女々しか。
そもそも軟弱な婚約者に情など毛頭ございません。我が主は黒薔薇令嬢ローゼ様のみ。偶然とはいえ似た二つ名を頂けることのなんたる光栄か。
「い、いいのか? 婚約破棄だぞ」
「ええ、別に構いませんわ」
「り、理由とか……」
「殿下の心変わり以外に何があるのでしょう」
そもそも最近殿下と全くお会いしていなかったというのに。
普段王妃教育以外は基本侯爵邸から出ませんし。鍛錬で忙しいですし。家から出たのなんてこの間鉱山へ宝石を掘りに行った時くらいですし。
「ア、アン。君は聖女であるリリーに酷いことを……」
「するわけないですわよね? そんなことをする時間がありませんわ」
「な、ならこの証拠は……」
「私の字ではございませんわ。ちゃんと確認なさって」
全く鼻で笑ってしまうわ。よくそんなお粗末な筆跡の偽方で私に罪を着せようとしましたわね。というかなんですのその手紙。私の使う封蝋と色が違いますし。
「ア、アン! 君は!」
さっきからうるさいですわね。某あんこブレッド男の犬かしら? ……ってあんこブレッド男って何ですの?
「キエエエエエエエエ!」
殺気。短剣を出すとに時間がかかり反応に少し遅れてしもた。
こちらに向かってきた敵ん剣を弾き、背後で狙うちょっ共犯者にフォークを投げ牽制。標的は自称聖女か。
「……どけ。俺は聖女リリーに用がある」
「チェストォォォォォォーーーー!」
ドサッ。
隙を逃さず、腕を切り落とす。
「ぎゃあああああああ。お、俺の、う、腕が」
「きゃああああああああああ!!」
「兵士たちは何をしているんだ!?」
「何が起こったの!?」
次は首じゃ。背後ん敵、目視で二人、気配でんう一人。流石に多勢に無勢がすぎる。
「ドレッドノート侯爵令嬢! 俺も援護する」
あの方は北部の英雄、リガード公爵の長男レオン様。リガードは北部で最も敵の襲撃が多く、最も武功のある地。頼もしい限りだわ。
「頼みましたわよ!」
「頼まれた! ……から首だけはやめてくれ!」
「そんたできんどね。剣を抜いたや、切っか切らるっか!」
「なんて言ってるかわからんが、それでも一人は生かさないと情報を吐かせられないぞ」
まあそれもそうだ。威勢のよか奴を一人だけ残さねば。
「キエエエェェーッ!」
こうして、全てを処理した後殿下や自称聖女の方を見ると、殿下は腰を抜かし、自称聖女は泡を吹いて気絶していた。何とも人騒がせな者どもである。
「ドレッドノート令嬢、頬に血が」
「返り血ですわ」
「勿論だ」
この後、レオン様に私は短剣を所持していたことを酷く怒られた。
殿下の護衛としても来ていた自分が持っているのは当たり前だが、なぜドレスの中に短剣を隠し持っていたのだ。今回は混乱に乗じて俺が何とかしておくが許されない行為だぞ、と。
己が身や人々を守るために必要だといえば大笑いされ、敵について考察し、フォークの投げ方について議論した。そして、
「ずっと……気になっていたのだが」
「……な、なんですの」
「そのドレスはもしや黒薔薇令嬢ローゼ様をイメージしているのか?」
「その通りですわ! もしや貴方は……」
「「同士」」
とキツく握手を交わし、殿下との婚約破棄が正式に決まり次第新たに婚約を交わすこととなりました。
なんでも、私のド根性と好戦的な気質は北部向きだとか何とか。私のことなんだと思っているのかしら!
それでも……まだ雪原の中での鍛錬をしたことのない私には魅力的な提案でしたの。
家に帰ると青筋を立てたお母様が出迎えてくださり、叱責の言葉と質問攻めをくらってしまったのは、また別のお話。
「キエエエエエエエエ!!」
よか太刀筋じゃ。
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「獅子被り公爵はド根嬢に恋をする〜推しへの愛と恋の境界がわからなくなってしまった件〜」