詰めを謝った男
そして、5月28日、その週の金曜日、相談室に出向いた川本に
「実は……」浅井が話し始めた。
「何か気になることがあるの?」
「はい、栗田さんは、以前、西本さんから何度も誘われて困っていたんです」
「へえー、そこなのか…… 」川本はすぐに納得できたのだが、
「でも、そんなことでここまでしますかね」浅井は不思議でならない。
「するわよっ!」瞬時に川本が語気を強めた。
「うっ……」
「あなたみたいに普通の人間だったらしないわよ、でも、こういうことが平気でできる人間もいるのよ」
「そ、そうなんですか……」
「ちょっと、内内で、その栗田さん、呼んでくれる?」
そして、10分後、相談室にやって来た栗田は会議室に通され、川本と向き合った。
「今回の戸田さんのメール事件、知っていますよね」川本が切り出すと
「はい」彼女は目を伏せた。
「どうしたの? 罪悪感があるの?」
栗田がしおらしく俯くと、川本は侮蔑の目を向けた。
「……」
「犯人が分かったんだけど、まさか、あなた、絡んでいないわよね」
その嫌悪感が川本を威圧的にさせる。
「ど、どういうことですか!」
「犯罪者の息子なんて付き合いたくないけど、自分からは言い出せないから誰かに頼んだんじゃないの?」まるで犯人扱いだった。
「ひ、ひどいです。私は西本さんから聞いて初めて知ったのに!」栗田も語気を強めた。
「へえー、西本とは連絡を取っていたの?」
「違います。あの日、電話をもらっただけです」
「えっ、ちょっと待ってよ。あなた、13日の木曜日は休んでいたの?」
感のいい川本がなぜか不思議に思った。
「いいえ、休んでいません」
「じゃあ、どうして【西本から電話をもらってから初めて知った】なんてことになるのよ。おかしいでしょ……!」川本が詰め寄ったが
「……」栗田は彼女の言っていることがよく分からなかった。
「何を隠しているのよ?」川本の大きな瞳がやや吊り上がると
「何も隠していないです。その13日っていうのはいったい何なんですか?」栗田も少し無機になった。
「えっ、3課にメールが届いた日よ、何言ってんの、朝からバタバタしていたでしょ」
「……」
栗田は頭が混乱していた。
確かにあの日、朝会社に行くと大変な感じだった。
休みも返上でバタバタしたのかって思った。
そうよ、西本さんから電話をもらったのは11日よ、あのお祖母さんが……
「ちょ、ちょっと待ってください。そのメールが届いたのは11日の火曜日じゃないんですか?」
「よく知ってるわね、その通りよ、でも、3課の担当者がそのメールを開いたのは13日の朝よ、化けの皮がはがれたわね」川本が府別の笑みを浮かべた。
彼女は栗田が絡んでいるとは思っていなかったが、言葉には終始侮蔑が漂っていた。交際相手の父親が犯罪者であることを知って、遠ざかったのは仕方ないという思いはあるが、それでも、なぜか、生理的に栗田のことが腹立たしくてならなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。私は11日の夜、西本さんから電話をもらったんです」
彼女はその時の状況を詳しく話した。
「それで、確認しようと思って彼のアパートに行ったの?」
核心に迫り、川本の語気が和らいだ。
「はい……」
「それでびしょぬれのお祖母さんの世話なんてしたくないって思って帰ったの?」
再び川本の侮蔑が伝わってくる。
「違うんです。父から電話で……」
「栗田さん、そこはいいですよ。見ず知らずのびしょぬれのお祖母さんの世話なんてしたくないって思ったとしても、そこは仕方ないですよ。むしろ、若い人だったら、そう思う人の方がはるかに多いですよ」
栗田に証言をさせたい川本の言葉が諭すように柔らかくなった。
「す、すいません」
「それに犯罪者の息子とは付き合えないって思っても、それも仕方ないですよ。世の中、なかなかきれいごとだけでは生きていけないですよ。戸田さんも別れは覚悟していますよ。でもね、このメールだけは許せない、こんな卑劣なやり方は許せない。犯人は西本和典よ」
「まっ、まさか……」
川本は録画の状況を説明したあと、
「でも、とぼけられたらそこまで、だけどあなたが11日に彼から話を聞いていたということで、彼はもう逃げられない。戸田さんと別れればいいけど、このことだけは証言してくれるわよね」
「も、もちろんです」
ここまで川本からの威圧感に押されていた栗田は、躊躇することなく承諾した。
そして、翌週の月曜日、人事課長に呼ばれた西本は懸命に否定したが、栗田が11日の夜、電話を受けたことを証言していると告げられた彼はついに力尽きて、自宅謹慎を命じられた。




