有印私文書偽造
そしてその2日後、彩子の無二の親友、桜井奈々が事務所にやって来た。
彼女は、偶然事務所に居合わせた慎吾を見ると
「あ、戸田君だったよね」
「は、はい」
「私は彩子の友人で桜井奈々、以前に一度、会ったでしょ」
「は、はあー」彼は、彼女の明るさに圧倒されていた。
ちょうどその時、奥から出て来た彩子が
「あっ、奈々、久しぶり」微笑むと
「おーい、すごいことになってんねー、今や時の人じゃないの」奈々も嬉しそうだった。
「ありがとう、まっ、それはそれで……」彩子が一瞬慎吾に目を向けた後、微笑んだのだが、奈々はその彩子に違和感を覚えた。
「私、ちょっと出てくるけど、30分くらいで帰って来るから待っててくれる?」
「ああ、いいよ、いいよ」
彼女が出かけると
「ねえ、君、彩子と何かあった?」奈々は慎吾に目を向けた。
「えっ、ど、どうしてですか?」
「あの子、明らかにおかしい、あんたを見る目が、何かおかしかった」
「えっ、そんなことはないと思いますけど……」
「あんたさー、私があいつと何年付き合っていると思ってんのよ、正直に言いなさいよ」
「い、いや、本当に何もないです。俺なんか相手にしてもらえないです。一緒に居酒屋へ行くのが精いっぱいです」
「い、居酒屋!」
「はい、近くにできたんです。そこに2回行っただけです」
「まさか、あの娘、お酒を飲んだんじゃないでしょうね」
「えっ、知っているんですか?」
「の、飲んだの?」
「は、はい…… 」
「それじゃー、キス…… 」
「は、はい……」
「ええっ、信じらんない」
「知っているんですか?」゜
「知っているわよ。私は最初の被害者よ」
「ええっ、女性なのに! じゃあ、もう一つの秘密も知っているんですか?」慎吾が自分の胸に手をあてると
「はあっー、それも知っているのっ!」
「す、すいません」
「ちょ、ちょっと状況を説明してくれる?」
慎吾が、ここに至った状況を説明すると
「そうか…… 君には気を許したんだね」奈々は、なぜか嬉しそうだった。
「と、ところで、桜井さんが最初の被害者って?」
桜井奈々と彩子は強いきずなで結ばれていた。
奈々が、高校3年の秋、彼女の父親は会社の裏金作りに加担していたとして取り調べを受けた。支持を受けた彼女の父親は上司に背くことができず、止む無く、その会計処理をしていたため、罪に問われることはなかったのだが、なぜかその情報が、クラスメートの性悪男子、山田の耳に入り、彼がクラスでそのことを面白おかしく話し、
「クラスに犯罪者の娘がいるなんて嫌だ」と喚きたて、奈々は窮地に追い込まれた。その時に立ち上がったのが彩子で、彩子は事件の状況を詳しく調べ、それを皆に説明したが、ただ一人、その山田だけは、耳を傾けず、「犯罪者の娘」と言って奈々を罵倒した。
それに腹を立てた彩子は、同じクラスメート、田口修一の協力を得て、山田の父親がホテルから愛人と出てくるところを写真に撮って、SNSで拡散させると、
「クラスに浮気する男の息子がいるなんて嫌だー」といって、山田を罵倒した。
奈々と彩子の関係は、この時から強い絆で結ばれたのだが、奈々は、悪い奴を懲らしめるためには手段を択ばず、突き進んでしまう彩子のことを心配して、常に彼女に気をかけていた。
そんな二人が大学2年、奈々よりも後から彩子が二十歳の誕生日を迎えたその日、奈々が、缶ビールで乾杯しようと彩子の部屋を訪れた。
奈々が、彩子のキス地獄に見舞われたのはその日だった。
さすがの奈々もその趣味はなく、逃げようとしたが、振り払うわけにもいかず、彩子が眠ってしまうと、懸命にうがいをして、呆然としていた。
彩子の寝顔を見つめながら、
「この子、こんな趣味があったのか…… 」不安になった奈々はその日から彩子を避けるようになったが、それに気づいた彩子が、真摯に向き合ってきたため
「私、彩子のことは好きだけど、そんな趣味はないから…… 」と話したことから、事実が判明したのだが、それ以後、奈々は彩子のことが心配でならなかった。
しかし、決まりを守ることには徹底していた彩子が、二十歳になって初めて味わったアルコールは、あまりにも魅力的で、頑なな彼女の気持ちをほぐして夢の世界にいざなってくれるこの力に彼女は魅せられてしまっていたため、事件発覚後もアルコールを絶つことはできず、それ以降は、一人でアルコールを楽しむようになったのだが、彼女のことを不憫に思った奈々は、時々、一大決心をして、死ぬような覚悟のもと、彩子の部屋を訪れ、一緒に飲むことがあった。
そんな背景のもとで、彩子はお酒と向き合ってきて、最近では、奈々も安心していたのだが、ここに来て慎吾から話を聞いた奈々は驚いた。
しかし、その驚きとともに、この慎吾が彩子の支えになってくれるのではないか、そんな思いが生まれ、彼女はとてもうれしかった。
「あんたさー、責任取ってくれるんでしょうね」
「せ、責任って……」
「ディープキスして、胸まで触ってんだから、結婚するんでしょうね」
「そ、そんな…… 」
「はあっー、あんた、殴ってやろうかっ!」奈々が突然語気を強めた。
「ち、ちょっと待ってください。俺は死ぬまで彩子さんのそばにいたいです。でも、彩子さんには、そんな気持ちはないです」
「うん、そうかもしれない、いや、あいつはわかっていないだけよ」
「……」
「あいつはね、このままじゃ、絶対に結婚なんてできないよ、それに変な奴にくっつかれると大変だし、だけどね、君はいいよ、君と一緒になったら、あの子は絶対に幸せになれる」
しばらく沈黙があった。
「元カレの話、知っている?」
「はい、聞きました。巨乳が好きだったとか…… 」
「そんなことまで知っているの…… 田口修一っていうんだけど、私たち3人は同級生でね、田口は、身長は180㎝、頭が良くてイケメンでね、皆のあこがれだったのよ。だけど、彼は、めんどくさがりって言うか、自分に関係ないことには首を突っ込まないのよ」
「へえー、でも、どうして彩子さんと?」
「それがね、彩子は、自分のためにしか動かない田口が腹立たしくて仕方なかったの」
「はい……」
「高1の時、私たちのクラスでいじめがあってね、身体の小さな気の弱い名倉っていう子が大倉っていう子にいじめられてたのよ。それを知った彩子は、その大倉に食って掛かったんだけど、相手にしてもらえなくて、他の男子も大倉のことは恐れていたから知らん顔、そこで彩子が田口に、何とかしろって詰め寄ったんだけど、田口も俺には関係ないって相手にしなかったのよ。そしたらその日から、彩子は、田口を後ろから蹴とばしたり、殴ったり、大変だったのよ」
「ええっ、その大倉じゃなくて、田口を?」
「そう、あの子が言うにはね、『田口がびしっと抑えれば、誰も虐めなんてするやつはいなくなるのに、あいつは動かない、あいつがすべて悪い』って…… 」
「それでその田口は怒らなかったんですか? 」
「あいつはさ、何をされても絶対に女の子には手を出さないんだよ、小学校の時に何かあったらしくて……」
「へえー、すごいですね」
「それがある日、どうしても田口が動かないもんだから、彩子がついに大倉にけりを入れたのよ」
「ええっー、ついに?」
「そしたら、大倉が彩子の顔を殴ってさ、彩子が吹っ飛んだのよ、もう突然のことでそばにいた私は心臓が止まりそうだったよ」
「そしたら、どこにいたのか、田口がさっと出て来て、大倉を蹴とばして、ぶん殴ったのよ」
「大倉は泣き叫んで逃げて行って、それ以来、いじめはなくなったのよ。大倉はその日から一週間学校を休んだんだけど、皆は恥ずかしくって来れなかったんだって言ってたけど、実際は、放課後に、田口がぼこぼこにしたらしいよ」
「す、すごい人ですね」
「彩子はね、彼のことが好きだったのよ、それなのに彼が動かないから腹が立ったんだよ、だけどねその日から、田口は、彩子の言うことはちゃんと聞くようになってさ、二人は付き合い始めたのよ」
「すごいですね、それからずっと…… 」
「うん、別れたのは3年くらい前かな…… 理由は聞いた?」
「はい…… 巨乳じゃないから?」
「馬鹿みたいでしょ、ありえないよ、さすがに田口ももう諦めたみたいだけどね」
彼女は眉をひそめた。
「あんたも巨乳が好きなの? 」
「い、いや、俺はおっぱいが大きいのは嫌です。なんか気持ち悪くて…… 」
「そ、そうなの?」奈々の目が輝いた。
「あっ、でも、駄目ですよ。彩子さんには相手にされていないから……」
「あんたはどうなのよ、まあ、あんな子だから、愛だ、恋だっていう感じにはならないかもしれないけど、死ぬまで一緒に居たいって言うことは、結婚してもいいって思っているんでしょ」
「そ、け、結婚はよくわかんないけど…… 」
「もう面倒ね!」
その後、彩子を説得しようとした奈々だったが、彩子は歳の差を理由に頷かなかった。何を言っても、『歳の差が……』と言う彩子に苛々した奈々は、ある日、慎吾を呼び出すと、
「彩子が婚姻届けにサインしたから、あんたもサインして……」と、自分が勝手に署名した婚姻届に署名させようと彼に詰め寄った。
「えっー、プロポーズもしていないのに…… 」彼は困惑したが
「そんな堅苦しいのは嫌なのよ、わかってあげてよ」と彼女は強引にサインさせて、婚姻届けを提出してしまった。
奈々から報告を受けた彩子は、
「ははははっ、あんたもとんでもないことするわね、有印私文書偽造よ」と言いながらも大笑いした。
「大丈夫よ、裁判になれば、あんたに頼まれて書いたんだっていうし、慎吾君だって証言するわよ」
「弁護士を騙すなんて、とんでもない奴ね」
「私を信じなさいって」
「うん、ありがとう。奈々が言うんだから間違いないよ、ありがとう」
そばで聞いていた慎吾は、慌てたが、それでも何もなく収まってしまい、
(ええっ、突然結婚したけど、なにすりゃいいんだ?)ふと我に返った彼は、そんなことを思った。
完
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