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過去を覗いてしまった男  作者: 此道一歩
18/25

告 白

 その3日後、川本彩子は、名古屋の吉田由紀子を訪ねた。

 午後4時、店は開店の準備を始めた時であった。


 7年前の事件のことで話したいという川本に、吉田は話すことは何もないと横を向いたが

「一家の人生を狂わせてしまって、何ともないのですか? 話したくなければ話さなくてもいいです。でも、息子さんも道を誤りますよ。もうその入り口に立っています。あなたのせいですよ」と食いついた。

「ど、どういうことですか?」息子の話を出されて吉田は驚いた。


「自分の息子のことは気になるんですか……! たった一人の子供の将来を見ることもなく、この世を去った橋本夫妻はどうなんですか…… 聞いてください。命を絶とうとしたその息子の話を聞いてください」

「し、死んではいないのですか?」

「死のうとしたんです。でもある人に救われたんです。その息子の人生が想像できますか?」

「……」

「それでも、聞きたくないですか! それとも奥の金庫の隣にある3段ボックスの一番下にある携帯電話を私に貸してくれますか?」


「ど、どうして!」吉田は目を見開いた。


「天は知っていますよ。あの日のことも知っていますよ。橋本さんの後ろから芝山が睡眠薬をかがせたこと、アタッシュケースの中には最初からお金が入っていなかったことも…… 芝山は最初からそのことを知っていたのに、あなたは知らなかった、天は全て知っていますよ」

「う、ううっ……」

「二人の人間を死に追いやって、その息子まで追いつめてしまった罪を、あなたは知らないって言うんですか! あの3000万円がすべてあなたの所に流れたことも、天は知っていますよ」

「な、中杉が言ったのね」

「中杉が、金庫の奥の携帯の隠し場所を知っているんですか! 」


( し、知っているはずがない…… )

「あ、あなたは見えるの?」

「私は弁護士です。非科学的なお話はできませんよ。でも、人を苦しめた人間がその報いを受けることだけは信じています。特に、罪悪感を持たない人間には、この上ない地獄が訪れることを願っています」

「う、ううっ」


「悲しいですか…… でも、獄中で旅立った橋本さんがどんなに悔しくて、どんなに辛かったのか、想像したことがありますか? どんな思いで首を吊ったのか、考えたことがありますか?」

「やはり、首を吊ったのですか!」

「私は、そう聞いています」

「……」

「夫を信じて、姓を変えず、町を逃げ出さなかった奥さんが、夫の死を知って、どんな思いだったか想像できますか? もう歩く姿は幽霊みたいだったらしいですよ。ふらっと車道によろけてしまって、トラックにはねられ即死だったらしいです」

「……」

「誰の罪なの! 一人残された息子は、町を離れ、名をかえ、通信大学で単位を取ったそうです。就職では必ず最終面接まで行ったけど、でも、最後に父親の話をすると、そこまでだったらしいですよ。冤罪の父親の罪を背負わされて、就職もままならず、もう生きていく意味が分からなくなった彼は、本当に死のうとしたらしいです。でも、ある人に救われ、あなたの息子と同じ会社に就職したらしいです」


「……」


「あなたの息子も最初はまじめに頑張ってはいたらしい。だけど経理課の栗田玲奈という女性に恋をして何度もアタックしたけど思いは届かなかった。だけど、橋本さんの息子、戸田慎吾が入社して1年くらいすると、その女性と付き合い始めたの」

「……」

「あなたの息子は、友達を装って戸田君に近づき……  」


 川本は、メール事件のすべてを話した。


「そ、そんな愚かなことを…… 」

「愚かですよ、人間として最低ですよ。でも、あなたの方がもっと愚かですよ。あなたが償わないと、この流れはどうにもならないですよ!」


「ううっうう、信じてください。最初は、最初は警察には介入させない。保険会社からいただくだけだって…… 警察が入っても、被害届を出さなければ、警察は手を引くって…… 」

「…… だけど、どうしてお金が必要だったのよ」

「私が、名古屋に帰ってお店を出したいから、2千万円貸して欲しいってお願いしたんです。そしたら2日くらいして、用意してやるから手伝えって言われて……」


「お金が盗まれたことにして、保険で賄うつもりだって、説明されたの?」

「そんな説明はなかったんです。私は何も心配しなくていいからって、だからもし警察から電話があっても知らないって言えば、それだけでいいんだって言われて……」

「それが大変なことになってしまったのね」

「はい、それが裁判にまでなってしまって、でも、もう遅かった。息子のことを考えてやれって、中杉に言われて…… 怖かった。息子を犯罪者の子供にするのが怖かった。橋本さんにだって子供がいたのに…… 」

「それは仕方ないかもしれない、その時は、おそらく混乱していたでしょうし、誰かを気遣うなんてできる状況じゃなかったのかもしれない。でも、でも、冷静になって自分を見つめるときがあったはずです。どうして……」

「馬鹿だったんです。中杉に、『金はお前のために用立てたんだからお前が主犯にされてしまうぞ』って、衆議院議員、滝山の地元後援会長しているから、『滝山だって動く、後援会長が犯罪者になったら困るからな、それに俺だって犯人にされるくらいなら、知らないって言うしかないよ』って、言われて……」

「そうなの……」

「1年くらいは生きた気がしなかったです。でも、少しずつ忘れてしまって、もう2年我慢したら、名古屋に店を出してやるって言われて、」

「それでここに店を出したの?」

「はい、だけど、友達の話なんだけどって、いろんな人に相談していくうちに、騙されていたのは明白だって、警察に行くべきだって言われて、そんな時に、静岡の安藤さんていう人が来て、橋本夫妻が亡くなったって聞いて、やはり警察へ行こうって思って中杉に電話したんです。」


「……」


「そしたら、中杉が、『そんなのは嘘だ』って、『橋本は仮釈放になって、夫妻は北海道で小さなお好み焼き屋をやって幸せに暮らしている』って、『自分がすべて用意してやったから間違いない』って言われて、それに、『今更警察に行っても、一度判決が出た裁判は、2度と審議はされないんだ』って……」


「あなたも苦しかったでしょ、もうここまでにしない? 償いたいという思いがあるのなら、申し訳ないという思いがあるのなら、証言して、そして、携帯を私に預けて…… 」


「……」


【あなたが協力してくれるのであれば、最大限あなたに配慮しながらことを進めるけど、もし、あなたがここででも横を向くのであれば、私は絶対に貴方を許さない。あなたも中杉と同罪だと思ってことにあたる、あなたたち親子を地獄に叩き落してやるから】

川本はこれを言葉にしたかったが、録音していたため、懸命に思いとどまった。


「中杉だって、自分が危なくなれば、甥の芝山だってかわいいし、最後はあなたに全て押し付けてくるわよ、この前の電話だって、そんな感じだったでしょ」


「1日、1日だけ待ってください。」


「ふざけないで、あなたの1日に何の価値があるのよ。これ以上、戸田慎吾を苦しめないで! 」

この女は1日待てば、また気が変わる、間違いなく中杉に相談する…… そう思っている川本は緩めなかった。


「……」


「わかったわ、また横を向くのね。何とかあなたを救いたいと思った私が馬鹿だった。わざわざ名古屋まで来た私が馬鹿だった」川本は言葉を吐き捨てて立ち上がった。


「わ、わかりました。渡します。証言もします」吉田がはっきりとした声で答えた。



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