一事不再理
慎吾は、翌日思い余って、川本に連絡を入れ、事件の詳細を説明した。
「まるで見てきたようだけど、そこは言えないのよね」
「はい、すいません。こんなに良くしていただいているのに隠し事をしてしまって、本当に申しわけないです」
「ううーうん、そんなことは気にしないで、だけど、お父さんが言っていたとおりね。ただ、お金は最初からはいっいなかった」
「はい」
「その事実を芝山は知っていたけど、吉田は知らなかった」
「はい」
「わかった」
「でも、真実がわかっても何もできない。悔しいです」
しばらく沈黙があった。
「そんなことはないよ。答えがわからずに、答えを導こうとするよりも、わかっている答えに導く方が簡単でしょ」
「そ、そうなんでしょうけど……」
「だって、考えてごらんなさいよ。芝山がそこにいたっていうことは、総務課長の証言はおかしいっていうことよ。彼が偽証したか、何か細工があったということでしょ」
「でも……」
「何を心配しているの?」
「仮に、総務課長が偽証していて、それを白状したとしても、一度判決が出ている以上は駄目なんでしょ」
「一事不再理のことを言っているのね」
「はい…… なんか、そんなことを聞いたことがあります」
「確かにある刑事事件の裁判で、確定判決がある場合には、その事件について再度、実体審理をすることができないという大原則があるわ、でもね、再審請求っていう手もあるのよ」
「その一事不再理っていうのがあっても、再審請求はできるんですか?」
「被告人にとって、有利になる新たな証拠事実が出てきて、それが判決を覆すだけの価値があれば再審請求ができるの」
「そうですか……」
「再審請求の道は狭いけど、お父さんの無実を証明することだけに限定すれば、方法はいろいろあると思うのよ。事実が一つずつ明らかになった時、必ず道は見えてくる。だけど、前に進まなければ道は見えない。恩師の言葉よ、私はそう信じている」
「でも、何も証拠がない…… 」
「正直言って今のままでは苦しいかもしれない。だけど、前に進めば、きっと何かある。何か出てくるよ、今は信じて進むしかないと思うの。だから、がんばろ?」
「はい…… 」
彼はそう答えたものの、川本だって、どうにもならないって思っているんじゃないのか…… そんないら立ちが渦を巻き始めていた。
その後、川本は、当時の総務課長に面会し、愕然とした。
あの日、社長室に呼ばれた総務課長は、
「もう上がってくれ、私は甥の芝山に、社会人としての在り方を話しているんだ。もう少し時間がかかるから、遠慮しないで上がってくれ」と言われたらしいが、こんなことは珍しく、また芝山の姿を実際に見たわけでもない。スクリーンに影があったので、そこに芝山がいると思っていたらしく、裁判でここをつかなかった弁護士のお粗末さに言葉がでなかった。
ただ、一方で、川本も、慎吾の新情報に触れては見たものの、こんなことでは、何もひっくり返すことはできない、何か欲しい、もっと明確なものが何か欲しいと焦っていた。