真実
慎吾は、帰宅すると事件のことが頭を覆った。
(あの電話を目の当たりにしたのに、何もできない、あの携帯でも手に入れることができれば…… )と考えてはみるがどうにもならない。
苛々し始めた彼は、川本と話した3日後、事件現場に行ってみることを決意した。
事件はおそらく19時半ごろのはず……
彼は年月日を合わせ、19時20分にセットしたが、
「ちょっと待てよ、俺はこの時間帯はどこにいたんだ? あっ、静岡の家か、とすれば、現場はそんなに遠くないと思い、赤いボタンを押した。
彼が移動したのはちょうど親子3人で暮らしていた静岡の実家だった。
彼は急いで大通りに出ると、現場方面に向かう車に潜り込んだが、現場を通る車はあまりないため、途中で降りた彼は3km程、歩かなければならなかった。
時計は既に19時50分になり、道路わきでは父親が倒れていた。
彼は唇をかみしめると時計を再び19時20分にセットし赤いボタンを押した。
瞬時に時を遡った彼の目に、道路わきでハザードランプを点滅させている車と二人の男女が映った。女は間違いなく吉田由紀子である。男の方は誰だかわからないがその時
「ねえ、芝山さん、本当に来るの?」由紀子が不安そうに尋ねると
「来ますよ、おじさんが約束したんだから」その男が答えた。
( やはり、こいつが芝山か……)
しばらくすると、1台の乗用車が近づいて来て、芝山は車の影に隠れた。
吉田が懸命に手を振ると、徐行を始めたその車は左にウインカーを出し、静かに停車し
「どうしたんですか?」慎吾の父親が窓を開けると尋ねた。
「エンジンがかからないんです、携帯の充電も切れていて…… 」吉田が困ったように言うと父親は車の窓を閉め、エンジンを停止すると、鍵をかけ、外に出て来て、ハザードランプを点滅している車のそばにきて
「うんともすんとも言わないんですか?」父親がそう尋ねた時だった。
後ろから、芝山が力づくで布を父の鼻と口に押し付けると、父親はあっという間に気を失ってしまった。
『うしろっ!』慎吾が声を上げたが聞こえるはずもなかった。
その後、柴山が慎吾の父親が乗って来た車のトランクを開けると、アタッシュケースの鍵穴にナイフを差し込み、ガチャガチャとやった後、番号を合わせ、ケースを開いたが、そこに金は入っていなかった。
「お金、どうしたの?」吉田が驚いて尋ねると
「いいんだ、最初から入れていないんだ」
芝山はそう言うと、父親にナイフを握らせ、指紋を付けた後、道路の反対側にある草むらにそれを投げ込んで
「急げ、すぐに逃げるぞ!」車のエンジンをかけると二人はそのまま去っていった。
慎吾は呆然として立ち尽くしたまま、
「親父の言っていた通りじゃないか、なんで誰も信じてくれなかったんだ!」
唇をかみしめた。
( あの女だ、あの吉田が嘘ついたんじゃないか、西本の母親なのか…… 親子して何なんだ、くそっー )
彼は一回目のテレポートで事件の全容をほぼ推測することができていた。吉田と中杉が犯人であることにも確信を持っていた。
しかし、事件そのものを目の当たりにした彼は、胸の奥から突き上げてくるような怒りに、一瞬戻しそうになり、その悔しさは尋常ではなかった。彼は唇をかみしめ、握りこぶしを震わせながら、ただ子供のように泣きじゃくった。
自宅へ帰った彼はしばらく考えていた。
「どうすりゃいいんだ。犯人がわかってもどうしようもない、証拠がないじゃないか、くそっー!」
こみ上げてくるのは依然として腹立たしさと悔しさだけだった。
( 親父は悔しかっただせろうな…… 面会にも行ってやらなかった、くそー、どうして信じてやらなかったんだ、くそー )
彼は悔しくて悔しくてどうしようもなかった。瞼に浮かんだ父親の笑顔があふれる涙に揺れると、彼は握り拳で何度も何度も太ももを殴りながら、持って行き場のない怒りに1点を見つめ、唇を噛み締めた。
犯人に対する憎しみよりも、後悔の方が大きくなろうとしていた。
そしてその後悔は、父親の無実を証明したいという思いよりも復讐という色合いを濃くしようとしていた。