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過去を覗いてしまった男  作者: 此道一歩
10/25

謎の腕時計

 一方、近くのファミレスで、川本から最終報告を受けた慎吾は、メール事件の犯人がわかって、理由がわかっても事実は何も変わらない、親父の無実が晴らせたわけじゃない、俺の世界は何も変わらないと思っていた。


「私も、ここからはお父さんのこと、力を貸すから…… 」

「ありがとうございます。でも、先生、俺、金が……」

「そんなのいらないわよ、乗り掛かった舟よ」

「でも、どうして…… 」

「理不尽なことをするやつが許せないのよ。それに、私も色々調べたけど、この事件は疑問が多すぎる。一番気になるのは、起訴が早すぎる。何か圧力がかかったか、警察の中に関係した奴がいたか…… まっ、考えればきりがないんだけど、中杉が衆議院議員、滝山の地元後援会長をしていたことを考えると、滝山から圧力がかかったって考えのが自然かな」

「議員が『白でも黒にしろ』っていうことですか」

「いや、そういうことじゃなくて、もうはっきりしているんだから早く方をつけろってことかな」

「でも……」

「いずれにしても、一つずつ消していけば必ず何かが見えてくるのよ。7年もたっているんだから、時間はかかるかもしれない。でも、一つずつやっていくしかないのよ」

「はい……」

「それでね、吉田由紀子の話を聞いて思ったんだけど、彼女はとても気が小さいっていうか、腐りきってはいないのかもしれないって思ったのよ」

「俺も、そんなに悪い人には見えなかったです」


「静岡県警の安藤さんが最初にゆさぶりをかけた時は動揺していたんでしょ」

「はい、そう聞きました。でも次に行った時は、笑顔で自信満々だったそうです」

「そこよ、誰かに、『仮釈放になって、北海道で幸せに暮らしている』って言われたのよ。吉田は、あなたにはそう聞いているって言ったんでしょ」

「はい」

「だけどあなたから、橋本さんが獄中で無実を訴えてみずから命を絶った、奥さんも死んでしまった、おまけにその息子が自殺したって聞いたんだから、慌てたはずよ。動揺していたんでしょ」

「はい、かなり……」

「罪の意識はあるのよ。おそらくその夜は中杉に電話しているわね」

「そういうことですか……」

「中杉しかいないでしょ、安藤さんから責められて苦しくなって、自分でも考えたのかもしれないね。それで中杉に電話すると、仮釈放になって、北海道で幸せに暮らしているんだから、もう忘れろとか何とか言われて安心したのよ。だけどあなたから話を聞いて、再び動揺した。絶対に中杉に電話して詰め寄っているわよ、くっそー、目に浮かぶようだわっ」

川本は眉をひそめて唇をかみしめた。


「……」慎吾はそんな彼女を見つめて、

( 俺のためにこんなに悔しがってくれるのか……  )

彼は単純に味方ができたことがうれしかった。この世界で自分の側に立ってくれているのが川本ただ一人のような気がして、彼はとても救われるような思いだった。


「それにもう一人男がいたのは間違いないんだから、そいつのことも気になるしねー、」

「色々ありがとうございます」

「いいわよ、好きでやっているんだから、だけど、帰ってもう一度整理してみるよ」


その夜、慎吾は一人うす暗い部屋で電気もつけずに考えていた。

川本の話を時系列で整理してみると、確かにその通りだろうと思った。

しかし何もできないことにイライラが募るばかりで、彼はくやしさのあまり一点を見つめて唇をかみしめた。


その時、机の上で、ちかっ、ちかっ、と赤く点滅するものがあり、驚いた彼が電気をつけると、あの老婆がくれた時計だった。


【人には行ってみたい過去がありますよね。自分の目で確認してみたい過去だってあるでしょ……】


老婆の言葉が耳によみがえった。


まさか…… 


それでも彼は、その時計を腕にはめると、

「たしか、5/17…… 23時くらいなら、店も閉まっているだろう」半信半疑で年月日、時間を合わせると赤いボタンを軽くタッチした。


(うわっー! )一瞬意識が飛んだかと思うと、

「ど、どこだ?」突然見知らぬ部屋に移動した彼は慌てた。

( ホ、ホテルだ。あの吉田を訪ねた日に宿泊したホテルだ…… うっ、ベッドで寝ているのは俺か? なるほど、指定した時間に俺がいたところに戻るのか…… だ、だけどこれは真実なのか? 俺は起きているのか…… 信じられない )


自分の身体を目にすることができるのに実態がない、ガラスにも自分は映っていない、

彼は吉田の店に行こうとしたがドアノブがつかめない、ドアをスルリとすり抜けて廊下に出るエレベーターの前に立つがボタンが押せない。

慌てて階段を降りると、ホテルの表に出て、誰かが乗ろうとしているタクシーにするりと潜り込んだ、反対方向に進み始めたタクシーから慌てて降りると、吉田の店の方向に向かっている誰かの車にするりと潜り込んで助手席に座る。


(なるほど、移動はなんてことないな)彼は少しうれしくなった。


付近で車から降た彼が吉田の店に入ると、カウンターに座って電話をしている吉田由紀子と目があっ、驚いたが、彼女は自分に気づいていないことを感じると安堵した。


電話に耳を澄ませる。


『そ、そんな……』

プチッ

ちょうど、彼女が電話を切ったところだった。


「ええっー、何だよ、どうすんだよ、まさか時計には触れないよな…… 20分くらい前に戻りたいんだけど…… 彼が思った瞬間、時計が20分前を指した。そっと赤いボタンに触れてみる、実感はないが、再生しながら巻き戻しをしたように、周囲が逆流したかと思うと、時計は22時40分を指していた。

彼は一瞬、ホテルに戻ってしまうかもしれないと思ったが、2度目のテレポートは時間調整だけで済んでしまった。



「もう、今日は閉めるから上がってもいいわよ」由紀子が店の若い娘に微笑んだ。

彼女が出ていくと、由紀子はドアの鍵を閉め、奥から携帯を取り出してきた。

慌てた慎吾がそばによると、携帯を操作した彼女は、【一郎】と言う名をタップし、電話をかけた。


『私よ、あなた、4年前に、橋本夫婦は北海道で幸せに暮らしているって言ったわよね』

『ああ、言ったよ』


不思議と相手の声もよく聞こえる。


『嘘でしょ、獄中で、首を吊ったんでしょ、奥さんだって死んだらしいじゃないの!』

『ちょっと待ってくれ、誰から聞いたんだ』

『今日、橋本の息子と親友だった子が来て話してたわよ。息子だって、自殺したんでしょ』

由紀子が涙を流しながら話しているのを見て、慎吾は不思議だった。


『おい、誰かが調べているんじゃないのか。そいつはどんな奴だった?』

『普通の若い子よ、そんなのじゃない。親友に寄り添えなかったことを後悔していた』

『変な感じはなかったか?』

『ないわよ、だけど、本当なの? 獄中で首を吊ったって!』


『ああ、真実だ、首を吊ったのかどうかは知らないが、獄中で死んでしまった。奥さんが死んだのも真実だ、だけど今更どうするんだ!』語気が荒くなった。

『あの時、あの4年前、私が自首したいって言ったあの時は、どうだったの? まだ生きてたの?』

『いや、もう死んでいたんだ。だからどうしようもなかったんだ。お前を苦しめたくなかったんだ』

彼には、生きていたのかどうかはわからなかったが、こう答えるしかなかった。


『どうするのよ、息子まで死んでしまって……』

『おい、由紀子、今更、言ってもどうにもならないぞ、こんなことは言いたくないけど、あの3千万、全てお前の所にいってるんだからな』

『……』

『店の開店資金の2千万、そのあとだって何回も援助しただろ、1千万以上何だよ。健二の借金だって、俺が自腹切ったんだ。あの事件で、俺のところには1円たりとも残っちゃいないんだ、そこはわかってくれよ!』

『ど、どういうことよ』

『あの事件の主犯はお前だって言うことだよ。金はすべてお前の所に行ってんだ。証拠はちゃんと残している。変な考えは起こさないでくれよ』

彼は由紀子に対してはこんな言い方はしたくなかった。

しかし、【危ない】と直感した彼は、脅すような言葉を並べてしまった。


『何よ、あんたが仕組んだんじゃないの、事件にはならない、保険会社が損するだけだっていうから、芝居したのに……』

『そう言うな、俺だって開店資金を何とかしてやりたかったんだ』

『そ、そんなこと言われたって……』 

『また連絡するけど、気をつけろよ、息子だってそろそろ結婚話が出てもおかしくない年頃だろ、変な噂を立てられたら困るぞ』

『そ、そんな……』

プチッ


( 相手は中杉一郎だ、間違いない、くっそー、やはりこいつらだったのか! )

慎吾はこみ上げてくる怒りに身体を震わせた。

だけど、健二って誰だ? 3人目の犯人か…… ) 


その時、由紀子が再生を始めた。


( 録音してたのか……)


 しばらくすると再生を止めた由紀子は、奥に入ると、金庫の横に置いてある3段ボックスの一番下にそのベージュ色の携帯をしまうと鍵をかけ、別のグレーの携帯を手にして店を出た。


 取り残された慎吾は、


 あれっ、だけど、どうやったら、もとに帰れるんだ? やべーぞ、聞いてねえし……

多分この青いボタンだろうけど…… いやいや、赤いボタンの長押しっていう可能性もあるか? 参ったな…… 

 

 あれこれ悩んだ挙句、結局、彼は青いボタンにタッチして現実世界に戻って来た。


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