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過去を覗いてしまった男  作者: 此道一歩
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知られてしまった秘密

慎吾が高校3年の冬、彼の父親、橋本貴文は、勤めていた会社の金を三千万円横領した罪で逮捕され、懲役五年の実刑判決を受けてしまった。貴文は最後まで無罪を主張したが、あまりにも証拠がそろいすぎていて、弁護士でさえ、彼を信じてはくれなかった。その彼は刑が確定して3年後、がんに侵され服役中に命を落としてしまった。

 

誰も信じる者がいない中、慎吾の母だけは夫を信じて最後まで希望を捨てなかった。刑が確定した後も、母は形の上だけでも離婚して旧姓に戻した方がいいと言う弁護士の進言を無視して、これまで通り、夫の姓を名乗り続け、地元から逃げようとはしなかった。

 会社からは横領したとされる三千万円の返済を求められ、母は、夫の父が残してくれた唯一の小さな家を処分し、これにあてた。

 懸命に夫の無実を訴え続けた彼女だったが、何の証拠もなく、それを支えるのは彼女の夫に対する信頼だけだった。その思いに支えられ懸命に前を向こうとしていた母だったが、夫が亡くなってしまうと、心の中で何かがプツンと切れてしまった。

 その翌日、車に気が付かないまま、車道に出てしまった彼女は帰らぬ人となってしまった。

 

 天蓋孤独となった慎吾は、高校を卒業すると町を出て母方の姓、戸田を名乗り、アルバイトをしながら通信大学で単位を取り、学士認定機構の審査を得て、学士の資格を取得すると、24歳の時に故郷から離れた神奈川県の不動産会社に就職をした。

 

 営業に配属された彼は、同じ歳ではあるが2年先輩の西本和典に親切にされ、気持ちも新たに再出発を果たした。

 1年もすると仕事に慣れてはきた彼は、入社以来、気になっている経理課の女性、栗田玲奈を食事に誘った。彼女も西本同様に会社では2年先輩だったが歳は同じで、入社以来優しく接してくれた彼女に慎吾は魅かれ始めていた。


 二人の交際は順調だったが、入社以来、彼女に何度もアタックしたが思いがかなわなかった西本和典は心穏やかではなかった。

 彼はいい友人を装いながら、何とか慎吾の汚点を見つけてやろうと懸命だったが、父親のことを隠して生き続けている慎吾は、質素で、友人もいないため、それもかなわず、苛々していた。

 

 ところが、3月末、大学時代の友人に誘われ、合コンに出かけた西本は不作だった女性陣を後にして、親友の仲代友則と二人で居酒屋へ出かけ、自分がリストアップしている会社の女性の写真を見せたことから、静岡出身の仲代が驚いた。

「おい、この後ろに映っているのは、橋本じゃないのか?」仲代が何気なく尋ねると

「えっ、いや、戸田慎吾って言うんだ。そいつに似ているの?」西本は目を見開いた。

 

「間違いない、橋本だ、橋本慎吾だ」再び、画像に目を凝らした仲代が答えると

「ええっー、だけど名前が違うだろ、でも慎吾は同じなのか……」西本は何かあるのかと疑い始めた。


「こいつの親父はさ、会社の金を三千万も横領して逮捕されたんだ。 今は仮釈放されて北海道で暮らしていらしいけど…… 」仲代がふっと、遠くをみつめるように呟いた。

「ほ、本当なのか! 」西本は驚いたが、心のどこかで『よしっ』という思いが顔をもたげてきた。


「うん、多分間違いないと思う。高三の冬だったかな…… こいつは卒業式にも来なかった。おそらく受かった大学へも行かなかったはずだ」

「そうか、それで昔のことは話さないんだな」

「やはりそうか……」

「確か出身は九州とか言ってたけど、何も話してくれないんだよ」

「そうか、親父さんは最後まで罪を認めなかったから、地元でも結構注目されてさ…… だけど、こいつはいい奴だったんだよ。でも、友達もいなくなって、彼女もすぐに別れたかな…… 」仲代が写真を見ながら呟いた。

「ふーん」

「でもさ、あいつはいい奴なんだよ、よろしく頼むよ」

「ああ、もちろんだよ。聞かなかったことにするよ」

「でもさ、名前は一緒でも姓が違うから別人かもしれないし……」

 調子に乗って話してしまった仲代は少し後悔していた。

「そうだよな」


 店を出て仲代と別れた西本は

「そうか…… そんな過去があるのか……」

 不気味な笑みを浮かべながら帰途に就いた。

「一発、探りを入れてみるか……」

 

 ネットで事件を調べた西本は

『 知っているぞ

   お前の父親は橋本貴文、犯罪者だ 』


 A4の用紙にそう打ち込むと、その夜遅くマスクとサングラスで顔を隠し、自転車で慎吾のアパートへ向かい、1階の階段近くにあるメールボックスに三つ折りにしたその用紙を投かんした。

 

 一日置いて月曜日、朝、会社で慎吾を一目見た西本は、明らかに彼の様子がおかしいことに気が付いた。

「おはよう、何かあったのか?」西本が心配を装って尋ねると

「い、いや、別に……」慎吾は目を伏せた。

「おい、友達だろ、水臭いぞ」

「あ、うん…… 実は変な紙切れがポストに入っていて……」

「紙切れ?」

「うん……」

「あれだろ? よくあるやつ、お前の秘密を知っているぞ、とか」

「う、うん、まあ似たようなものだった」

「気にするなよ、メールだって、よく来るだろ、同じだよ」

「あ、ああ……」


 西本は友人を装って慰めるが、慎吾にすれば、西本が言うように不特定多数を対象にしたものでないことだけははっきりとしていた。 父親の名前まで書いてあったのだから、彼は明らかに誰か事実を知っている人間の仕業に違いないと思っていた。

 

 慎吾の様子を見て確信した西本は、とにかく慎吾が、自分を足蹴にした栗田玲奈と幸せそうな時間を共有していることが許せなかった。

( さあて、どうしてやろうか…… だいたい犯罪者の息子のくせに、女となんて付き合うんじゃないよ )

 彼は惚れた女に思いが届かない腹立たしさを、理不尽にも慎吾に向けてしまった。


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