僕の夏休み
嫌だ。
何故こんなことになったのか?
僕はあるホラー作家の担当編集者。
今、その作家の別荘に向かう途中だ。
その作家の「ご命令」で、急遽夏休みを取らされ、馳せ参じた次第である。
何が嫌なのかと言うと、その作家があまりにも悪趣味なのだ。
作品もエログロものばかりで、僕は彼女のホラーを「嘔吐モノ」と呼称している。
そんな作風だから、恐らく別荘も気色の悪い化け物屋敷風だろう(いや、化け物屋敷そのものかも知れない)と思っていた。
ところが、だ。
着いてみて、別の意味で嘔吐しそうになった。
彼女の顔はお世辞にも綺麗ではない。
むしろ職業にピッタリの顔をしている。
だからこそ、「化け物屋敷」を想定していたのだ。
でも別荘は「お姫様」風だった。
どこかの国の城をイメージしたのか、ニョキニョキと伸びた塔がいくつも見える。
そんな別荘の二階のバルコニーに、彼女はいた。
「いらっしゃーい。待ってたわよ、大木君」
その怖い顔を笑顔でいっぱいにして、彼女は手を振った。
しかもフリルのたくさん着いたドレスを着ている。
恐らく、「お姫様気分」なのだろう。
「ど、どうも。お招きに預かり、光栄です」
僕までおかしい。まるでしもべのような言葉遣いだ。
「今、そっちに行くわね」
いや、その距離で十分怖いですから、それ以上近づかないで下さい。
そう言いたかった。
でも言えない。
まずい。
噂は本当だったのかも知れない。
彼女は「若い編集者好き」で、別荘に招き「頂いて」しまうらしいのだ。
今からでも逃げようかと思っていると、ご本人が到着してしまった。
「お待たせェ。さ、入って頂戴」
僕は彼女に手を捕まれ、全身総毛立つのを感じた。
僕は半分失神したような状態で、それからの何時間かを過ごした。
彼女の料理は豪華で、全部自分で作ったとか言っていたが、味もわからないまま、口に運んだ。
やがて食事も終わり、メイドや執事達が姿を消した。
まずい。
完璧に2人きりだ。
僕はある意味死を覚悟した。
「ねえ。私の秘密、知りたい?」
彼女が小首を傾げて尋ねた。
全然可愛くない。むしろ怖い。
「は、はい」
そう答えなければ殺されると思った僕。情けない。
「そう。だったら、教えてあげる」
そう言うと、彼女は自分のアゴを掴み、グイッと引き上げた。
「ヒィィッ!」
僕は腰を抜かして、椅子から転げ落ちてしまった。
彼女の顔がベロンと剥けてしまったのだ。
「どう? これが本当の私よ」
もっと驚いた。
その下から現れたのは、映画女優も真っ青の美女だった。
「私はホラー作家デビューする時、この特殊メイクで醜い顔になったの。その方が話題作りになると思ったから」
「はァ」
僕は転がり落ちたままの態勢で話を聞いた。
「どう? 私の素顔は?」
「き、綺麗です」
「ありがとう」
僕は彼女に誘われるままに寝室に行った。
そして夢のような一夜を楽しんだ。
彼女は最高だった。
僕は知らなかった。
彼女の昔の写真が寝室の書棚にあるのを・・・。
それさえ見ていれば、一夜を共にする事はなかったろう・・・。
特殊メイクの顔こそが、彼女の本当の素顔だったのだから。