9 私は普通の異性愛者
「大宮、一年との密会バレてクビらしいです」
「……マジか」
顧問の不祥事により、部活は当面の間活動休止となった。
弓道部は他にも顧問がいたが、剣道部は彼女に一任していたのだ。
「動画撮って恐喝してたらしいですよ。
教師のすることじゃないでしょ」
どの口が言ってんだ、と後輩の脇腹を強めにど突き。
私たちは二人、いつものカウンター席で暇を持て余していた。
あれから私たちはしばらく、"泊まり"を避けていた。
私は"あんなこと"をされた手前、自分から誘うのも気が引けて。
綾音は綾音で遠慮しているのか、家に来ることもなくなっていて。
でも、それはつまり彼女が、今も罪悪感に苛まれているという証拠なわけで。
「…………」
勝手に人の身体を好き勝手弄くり回した挙げ句、それを元に恐喝してきたこと。
それ自体はまだ許せない。
一生忘れることはないと思うし、何より忘れたくても忘れられない。
いつでも警察に突き出せるように、証拠としてあえて"記録"を手元に残しているのも。
私がそれを逆手に、彼女を牽制しているからに他ならない。
――しかし。
――それでも。
「……今日、寄ってく?」
「……いいんですか?」
この子と、離れたくない。
その思いだけは、今までもずっと変わらなかった。
たとえ、あんなことをされた後でも。
倉橋綾音。
私の……大事な後輩。
私はまだ、そんな彼女の先輩でいたいと思った。
「……ていうか……来てほしいんだけど。
それに……一人じゃ"色々"、物足りなくて」
下品だとは思ったが、本当のことなのだから仕方ない。
私の身体が変になってしまったのは、紛れもなく彼女の所為だ。
その可愛い顔に、身体に、つい手を伸ばしたくなるのも。
彼女が私をおかしくした所為。
きっとそうだ。
「だからさ……。
……『責任取れ』って言ってんの」
「……先輩……」
綾音が嬉しそうに私の目を見て微笑んだ。
少し気恥ずかしかったが、気付けば自分も微笑み返していた。
「じゃあ……行きますか」
そうして私たちは二人、またいつものバスに乗り込んだ。
◇
「……あの、先輩。
……私最近、身体、ヘンなんですよ」
「…………ヘンって……?」
――私は普通の異性愛者。
そのはず……だったんだけど。
「……なんか……エロくなってるっていうか……。
……色々敏感になってて。
……てか、先にシャワー浴びません?」
「…………後でね」
まあ、今は。
とりあえず、高校を卒業するまでは。
この子との関係を、まだ断ち切りたくない。
私はそう、心から思っていた。
――薄暗いリビングの戸締まりは、ちゃんと確認できている。
私は綾音の前髪を掻き分けながら、額にそっとキスをした。
彼女の汗の、味も、匂いも。
……まだ、私しか知らない。
-end-