3 時間差の朝
朝。
「先行ってまーす」
お邪魔しましたー、と。
ローファーのつま先で"たたき"をコツコツ鳴らし、綾音はそそくさと玄関から出て行った。
――気を付けるべきは、朝。
私の家から二人で出てくる所を、誰かに見られでもしたら厄介だ。
それだけは避けたかった。
「……あ、竹刀」
綾音から"OK"の連絡が来るまで、玄関でスマホを眺めているのが常だった。
時間差を設けて、前述のリスクを極力減らすためだ。
私はロフトから竹刀を取りに戻り、
ついでに冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを手に取り。
「…………」
ボトルの水を飲みながら、リビングのソファを見やり。
……あそこで、あの子に……。
「…………」
ソファに横たわる私。
横でそれを眺める綾音。
仰向けの身体が、私のものとは思えないような声を上げて。
あの時は窓をちゃんと閉めていたかどうか、気にしている余裕さえなかった。
「……嘘」
私はその時、身体の異変に気が付いた。
……昨夜の出来事を思い出していただけなのに。
少々はしたないが、自らの手でそれを確かめ。
嫌な感触に顔をしかめ、ぬるぬるした液体に嫌悪感を示した。
「……もう、やだ……」
私は自分が嫌になり、その場にしゃがみ込んでしまった。
両腕で膝を抱き、じっと床を見つめる。
あのシチュエーションは好きだった。
彼女に身体を預けるのも、そこまで悪い気はしなかった。
ただ、いつか"取り返しのつかない"ことになる気がして。
そうだ、やはりこんなことは良くない。
私のためにも、あの子のためにも。
――だから、今度こそ。
次こそは。
ちゃんと断ろう。
彼女とはきっぱり、それっきり。
はっきり嫌だと伝え、突き離す。
「…………あ」
胸ポケットのスマホが一瞬振動し、綾音からの連絡を確認し。
私は竹刀を担ぎ、少しだけ間を置いてから急ぎ足で家を出た。