1 いつもの帰り
莉子と綾音。
「うわあ」
松橋莉子は顔をしかめ声を上げた。
「そんな顔しないでくださいよ。先輩」
後輩の倉橋綾音が先輩の腕を掴み、身体を密着させるようにして寄り添う。
莉子は嫌そうに、しかしそれを振り払うことはなく。
「今日もキツかったですね」
「掛かり稽古の途中で気失いかけたわ」
両者ともに同じ高校の、同じ部活の帰り。
セミロングの黒髪と、ショートの茶髪。
辺りはもう暗く、街灯だけが二人を照らしている。
「……あいつ絶対、レズですよ」
「……大宮が? ……嘘でしょ?」
大宮とは剣道部の若い顧問で、つい先程まで二人を扱いていた張本人である。
剣道だけでなく弓道部の顧問も兼任しており、平時は国語の教師を務めている。
「いやいや。
私が言うんだから、間違いないですって」
「え~……」
莉子はまた嫌そうに顔をしかめた。
大宮は美人ではあるが、どこか怪し気というか妖艶というか……普段から"隙"がない。
一部の部員には好かれているが、少なくとも二人は苦手意識を持っていた。
「身体の触り方がマジですよ。
先輩、今まで何か心当たりは?」
「……そういや、タッチが多いなあとは……。
……いや、でも……」
「私とどっちが多いですか?」
莉子は少し考えてから、これまた嫌そうに答えた。
「倉橋の方が多い」
「それならいいや」
よくねーよ、と後輩を小突き。
やがて二人は、いつものバス停で歩みを止めた。
「……ほら、もう来たから」
莉子は綾音の方を向き、腕を離すよう伝えた。
しかし、彼女は動かない。
「……今日も寄ってっていいですか」
莉子は押し黙り。
少し間を置いてから答えた。
「……いやいや。ダメだから」
綾音は莉子の鼓動が高まっていることを、自らの身体で勘付いていた。
彼女の目が泳いでいることにも、動揺していることにも、焦っていることにも。
「……"お話"があるんですけど」
綾音が薄っすら笑みを浮かべ、怪し気に目を細め。
莉子はその視線に耐えられず、すぐに目を背けてしまった。
これで何度目だろうか。
今日こそは断らないと。
莉子はそう思いつつ。
しかし、何度迫られても振り解ける気がしなかった。
「そうこなくちゃ」
結局、莉子はこの日も渋々承諾し、そのまま二人で帰りのバスに乗った。
倉橋綾音の家は、反対方面だった。