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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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14

 正門付近にいた部隊長は、一瞬途切れていた意識を取り戻す。

 ——何が起こった?まさか、こちらの動きが読まれていたのか。

 敷地内の至る所で、地雷が爆発している。完全に待ち伏せされた。

 隊長は歯軋りしながら、無線で部下達に命令を出す。

「うろたえるなっ!作戦変更だ。これより、ピクチャー支部施設に対して一斉射撃を始める。建物ごと奴らを瓦礫に沈めるぞ」

 部隊長の命令によって、冷静さを取り戻した兵士たちが、一斉にアサルトライフルを掃射した。

 だが、銃弾は建物の手前で止まり、地面に落ちていく。

 いつの間にか、ピクチャー支部の建物を光り輝く、透明な膜が覆っている。

「くそ。障壁か!」

 兵士が打ち込んだロケットランチャーも、障壁に阻まれ、本館に傷一つ付けることが出来ない。

 障壁の外側に、鈍く銀色に光る、長細い物体が燐光を放ちながら現れた。

 それを見た兵士たちが動揺する。

「あれは……ガトリング砲」

 銃座の傍らに鋼鉄の鎧をまとった兵士が、同じく光を放ちながら現れ、ガトリング砲を掃射し始めた。

「伏せろ!伏せろーっ!!」

 凄まじい銃弾の嵐に、兵士たちは身動きできない。

 そうしている間にも、障壁の前には、次々と迫撃砲やら無反動砲を構えた兵士たちが量産されていく。

「どんなもんや!」

 窓の外を見ながらカスミが叫んだ。協会員や生徒達が次々と描画し、具現化した重火器、砲手が、障壁に包まれた建物の前に、整列する様に出来上がっていく。

 無数の銃火器が放つ、銃弾の嵐によって正門の扉や守衛室、支部の塀が木っ端微塵に吹き飛んでいく。

 事情を知らない者が、この光景を見たら「ここは紛争地帯のど真ん中ですか?」と思うだろう。

 守衛のジャックが階段を降りてくると、廊下にはハワード支部長、クラーク教官の他に何十名もの協会員達が、指示や合図を掛け合い、紙に多種多様な銃器を描いていた。

「そういや……守衛室にいるジャックさんは?」

 ジャックの耳にロンの声が入ってくる。

「残念じゃが、ここに侵入してきた連中に殺されとるじゃろう……安らかに成仏せいよ」

 クラークが顔をしかめ、沈んだ声で言った。

「いや。俺、生きてるんですけど!」と皆に向けたジャックの言葉は、銃火器が発する、凄まじい音によってかき消される。

「クラーク教官に助けられたのは、これで二度目ですね。しかし、これほど広範囲な障壁を描画もせずに創りだせるとは」

ハワードは感心したが、クラークはそれを否定するように首を振った。

「あらかじめ支部の本館と別館を囲む様に、地面に円陣を描いておいたんじゃ。こんな事もあろうかと思ってな」

 なるほど、とハワードは改めて彼の老獪さに舌を巻いた。

 もっともそうした知恵は、クラーク教官の戦地での実戦経験が培ったものだろう。

「ジャックの仇や!トオル。アイツらに目に物見せたれ!」

 カスミの声に、階段の側に居たジャックは、またも「俺、ちゃんとここに居るからっ!!」と叫ぶが、彼らの耳に全く届かない。

 敷地にいる部隊長が、無線で本部に連絡する。

「こちらアルファ。敵の反撃にあっている!とてもじゃないが歯が立たない。これより作戦域を離脱する。繰り返す。作戦は失敗。アルファチームはこれより撤収地点に移動する!」

 兵士たちが、我先に支部の敷地内から撤退していく。

 その様子を確認したクラークが「皆、撃ち方やめい」と叫んだ。

 兵士達が消えた支部の敷地内は、見るも無残な光景と変わり果てていた。

「クラーク教官。奴らの狙いは、恐らくユリちゃんです!直ちにチームを作ってアグリジェの街に行きましょう」

 ハワードは居ても立っても居られない気持ちだったが、クラークは渋い顔をする。

「ハワード、気持ちは分かる。わしも同じ気持ちじゃ。しかし今、動くのは危険すぎる」

「何故です!」

「仮にわしがユリを救助しに行ったら、この支部の守りはどうなる?奴らの残党が絶対に居ないとは言い切れん。代わりに、わしがここに残って、他の者達が無事にユリの元までたどり着ける保証があるか?」

 クラークの指摘に、ハワードは自身の浅はかさを痛感した。そこまで考えが及ばなかった自分を殴りたい衝動に駆られる。

 だが、警察や軍にも連絡出来ない状況下で他にどうすれば良いというのか。

 そんな彼の心を、またも見透かしたようにクラークが言う。

「なぁ、ハワード。わしらの支部にジュリアという天才がいることを忘れとらんか?あの子は能力もそうじゃが何よりとても聡明じゃ。この支部はわしが必ず守り抜くと判断して、きっとユリ達のところへ向かってくれとる」

 クラークの言うことはもっともだった。

 終戦間際に島を空爆された時、ジュリアがここに残ってくれていたら、ユリの代わりに彼女が島を守っていただろう。

「今はあの子達を信じよう」

 クラークの言葉に、ハワードは深く頷き返した。

 窓から、木っ端微塵になった守衛室を見ながらアンナが呟く。

「ジャック……。間違っても化けて出てこないでね。私、ホラーとか無理な人だから」

「なんまんだぶ。なんまんだぶ」

 隣でカスミが念仏を唱えている。

 ——いや、お前ら。もういいわ、とジャックは放心し、廊下の壁にへたり込んだ。



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