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デイジーの言葉を聞くとユリは子犬のように、はしゃぎ出した。
彼女に尻尾が生えていたら、きっと、ぶんぶん左右に揺らしていただろうと彼は思う。
「支部から出るときに、夕食はデイジーと外で取ると、許可も貰いました。私、アンナに教えてもらった、美味しいと評判のお店に予約入れたんですよ」
「そりゃあ、楽しみだ」
発した言葉とは裏腹に、デイジーの心境は複雑だった。
俺がユリに打ち明ける内容は、レストランでする様な類のものでは無い。
どうせなら、教会の告解室で話したいくらいだ。
彼が今まで、ユリに秘密を打ち明けられなかったのは、内容の重さもあるが、自分でも何処から話せばいいのか、単純に解らなかったからだ。
やがて周りに建ち並ぶ赤煉瓦の倉庫が、灰色のコンクリートで出来た無機質なものへと変わっていく。
雪が降り積もった倉庫の屋根、二人が歩くたびにキュッキュッという音を鳴らし、足跡を残す積雪が、体感温度を冷んやりと下げる。
ユリが前方を指差しながら、声をあげた。
「デイジー、見てください。船が沢山浮かんでいます!」
彼女の指差す方に目をやると、倉庫の先に見える桟橋に、様々な色形をした船舶が停泊していた。
海を見下ろすように、羊雲が夕陽を浴び、燃えるように光っている。
朱色と金色を混ぜたような美しい空。
凛冽とした空間に、その光景は僅かに温もりを与えてくれる。
「依頼主は倉庫に住んでるのか?」
彼はポケットに手を突っ込みながら、寒々とした口調で、ユリに尋ねた。
「もしかしたら、船に住んでいらっしゃるのかもしれませんね」
——そんなアホな、と言いかけた言葉をデイジーは必死に飲み込んだ。
それにしても——。道中からずっと俺たちを尾行してる奴らは何者なのだろう。
デイジーは自然な素ぶりで周りの倉庫を見渡す。
連中の目的が何かは分からないが、明らかに海千山千のプロだ。
その手練れ達の尾行に、デイジーが難なく気づけた理由は二つあった。
一つ目は彼自身の能力。二つ目は、尾行・追跡の訓練を以前に受けていたからだ。
だが尾行されていることを、ユリに話すことは絶対に出来ない。
もし話そうものなら、彼女は「え……?嘘!本当に?どこ、どこですか?」と声を張り上げて、周囲をキョロキョロ見渡しだすに決まっている。
尾行している連中は、一瞬で気付かれていることを察するだろう。
もしかしたら、この場所におびき寄せられたのかも知れない。デイジーの頭に、そんな疑念がふと湧いたとき、二人の歩く雪道に、黒色の円筒が投擲された。
「あれは——っ!?」
反射的にデイジーは、指で空中に丸い円を描く。
円筒が炸裂し、凄まじい閃光と爆音を、辺りに鳴り響かせた。




