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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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10

 デイジーの言葉を聞くとユリは子犬のように、はしゃぎ出した。

 彼女に尻尾が生えていたら、きっと、ぶんぶん左右に揺らしていただろうと彼は思う。

「支部から出るときに、夕食はデイジーと外で取ると、許可も貰いました。私、アンナに教えてもらった、美味しいと評判のお店に予約入れたんですよ」

「そりゃあ、楽しみだ」

 発した言葉とは裏腹に、デイジーの心境は複雑だった。

 俺がユリに打ち明ける内容は、レストランでする様な類のものでは無い。

 どうせなら、教会の告解室で話したいくらいだ。

 彼が今まで、ユリに秘密を打ち明けられなかったのは、内容の重さもあるが、自分でも何処から話せばいいのか、単純に解らなかったからだ。

 やがて周りに建ち並ぶ赤煉瓦の倉庫が、灰色のコンクリートで出来た無機質なものへと変わっていく。

 雪が降り積もった倉庫の屋根、二人が歩くたびにキュッキュッという音を鳴らし、足跡を残す積雪が、体感温度を冷んやりと下げる。

 ユリが前方を指差しながら、声をあげた。

「デイジー、見てください。船が沢山浮かんでいます!」

 彼女の指差す方に目をやると、倉庫の先に見える桟橋に、様々な色形をした船舶が停泊していた。

 海を見下ろすように、羊雲が夕陽を浴び、燃えるように光っている。

 朱色と金色を混ぜたような美しい空。

 凛冽りんれつとした空間に、その光景は僅かに温もりを与えてくれる。

「依頼主は倉庫に住んでるのか?」

 彼はポケットに手を突っ込みながら、寒々とした口調で、ユリに尋ねた。

「もしかしたら、船に住んでいらっしゃるのかもしれませんね」

 ——そんなアホな、と言いかけた言葉をデイジーは必死に飲み込んだ。

 それにしても——。道中からずっと俺たちを尾行してる奴らは何者なのだろう。

 デイジーは自然な素ぶりで周りの倉庫を見渡す。

 連中の目的が何かは分からないが、明らかに海千山千のプロだ。

 その手練れ達の尾行に、デイジーが難なく気づけた理由は二つあった。

 一つ目は彼自身の能力。二つ目は、尾行・追跡の訓練を以前に受けていたからだ。

 だが尾行されていることを、ユリに話すことは絶対に出来ない。

 もし話そうものなら、彼女は「え……?嘘!本当に?どこ、どこですか?」と声を張り上げて、周囲をキョロキョロ見渡しだすに決まっている。

 尾行している連中は、一瞬で気付かれていることを察するだろう。

 もしかしたら、この場所におびき寄せられたのかも知れない。デイジーの頭に、そんな疑念がふと湧いたとき、二人の歩く雪道に、黒色の円筒が投擲とうてきされた。

「あれは——っ!?」

 反射的にデイジーは、指で空中に丸い円を描く。

 円筒が炸裂し、凄まじい閃光と爆音を、辺りに鳴り響かせた。



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