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唯一、分かっていることは禁術の使い手は、ある特定の一族のみが使用できる、描画具現能力ということだけだった。
具体的にそれがどういう能力で、どの様に発動させているかなどは完全に闇に包まれている。
後者は紙で描画する事も、指で空中に図形を描くことも必要とせず、具現能力を行使出来る者達を指す。
厳密に言えば、それは通常のピクチャーズ達にも、出来なくは無い。
ただ、描画行為を完全に省略し、物体などを具現化しようとすると脳へ深刻なダメージが掛かる為、ピクチャー協会ではそうした行いは禁忌とされていた。
対して特異体質の描画具現者は、完全に描画行為を省略しても、脳への負荷が全く掛からないという。
どういう仕組みかは、今もって不明らしい。
クラーク教官は、ユリが恐らく特異体質ではないかと、考えているようだった。
それらの情報を踏まえて、ハワードは考察する。
敵の諜報員の中に、禁術や特異体質のピクチャーズが居ると仮定して、例えばイメージしただけで、相手の心臓を止めることが出来るとしたら——。
まさしく、完全犯罪が可能ではないだろうか。
「……馬鹿らしい」
つい思考が口に出た。映画や小説の見過ぎだ。余りにも思考が飛躍しすぎている。
何より、いくら仮定の推理をしても、そんなものは悪魔の証明に過ぎない。
上司に報告しようものなら「世界の終末は近い」とプラカードを掲げて喚いている狂人と同類だと思われるだけだ。もしくは、疲れているようだから、休みを取れと言われかねない。
それでもハワードは男が自然死したなどとは信じていなかった。あれは間違いなく他殺だ。それも計画的な。
何よりも、あまりにタイミングが良すぎる。
警察の資料によると男の名前はダグラス。暴行、恐喝、殺人未遂の前歴を持つ札付きの悪党でチルア島に拠点を置くマフィアの構成員だ。と同時に野良ピクチャーズでもある。
ハワードは思考を巡らす。ダグラスはこの国に潜り込んだ敵国の諜報員に依頼を受け、ユリを狙った。
だとすると、奴が口走ったことも合点がいく。デイジーに絡んだというチンピラなど関係なく、はなからダグラスはユリを狙っていたのだろう。
そしてユリが間違いなく奇跡の体現者であると確認することに見事成功した。もっともその後、彼女が自殺を図るとは夢にも思わなかっただろう。それはハワード達とて同じだからだ。
『彼女にとって』理由の如何を問わず、人を殺すという行為は耐え難い苦痛だったのだろう。
それが、戦時中の正当防衛であったとしても。
だが、それもあくまで推測。何の証拠もない。唯一の証人も消された。八方塞がり。警察が
ダグラスの所属するマフィアに対し、捜査することも期待出来ない。仮に捜査したところで何も出てきはしないだろう。




