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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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 入り口で肩や頭についた雪を軽く払い、受付にいた事務員のレイナに挨拶を交わしながら、ハワードは三階の支部長室へ入った。

 室内の左奥にあるドアを開けると、そこにはプライベートと言う名の聖域たる私室が広がっている。

 彼はクローゼットの前に立ち、ネクタイの結びを緩めると、深いため息をついた。

 ワイシャツの第二ボタンを外した後、冷蔵庫に入れていたハムとチーズ、飲みかけのワインを取り出して、食器棚から持ってきたグラスに注

ぐ。

 そしてソファーに沈み込みながら、グラス半分のワインを一気に飲み干した。

 外出する予定が無いとはいえ、日中からアルコールを飲む公務員は、自分くらいだろうとハワードは自嘲する。

 日中から飲みたくなる原因は、はっきりしていた。

 ユリに自身の能力を思い出させるきっかけを作った、例の黒スーツの男の件である。

 ジュリアとローランドの話では、奴はユリが天使や悪魔を具現化し、敵国の戦闘機群を撃墜した事を、最初から知っていたような言動を示唆しさしたという。

 それを聞いたハワードは、警察の取り調べに立ち会わせてくれと、直ちに本部の上司に掛け合った。

 だが上司は聞く耳すら持とうとせず、当局に一任しろの一点張りで取り付く暇もない。

 ハワードは、お皿に乗せたハムとチーズをナイフで突き、口に放り込んだ。

 数ヶ月前に国防省に努める、数少ない学生時代の旧友から酒の席でこんなことを聞いた。

 同盟国の情報機関から提供された情報によると、チルア国の描画具現者に、探りをかけている国家が存在すると——。

 正直、それを聞いた時は大して驚きもしなかった。

 何故なら想定の範疇はんちゅうだったからだ。

 軍事力としてみた時、描画具現者の存在は、誰の目から見ても大きい。

 敵国のピクチャーズを、リサーチしたいと思うのは至極当然である。

 実際、第三次大戦において描画具現者が本格投入された事で、既存の戦略、戦術が一変した。

 どれだけ敵陣が強固な防衛線を敷こうとも、それを破る事は高レベルの能力者にとって、紙くずを千切るより容易い。

 そうして敵の防衛ラインを粉砕した後に、持続時間の切れた能力者は退かせつつ、友軍が一気に敵地を制圧する。

 そんな戦争スタイルが主流となった。

 また、特級能力者同士の想像を超越する戦闘の結果、死闘の舞台となったヨーロッパのとある小国が、世界地図から消え去る事態さえ起きた。

 だが、そもそもピクチャーズは、いつから戦争の道具のような扱いを受ける様になったのだろう。



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