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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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 ピクチャ協会支部は大混乱だった。別館でくつろいでいた寮生達は全員、一目散に本館へと駆け込んで来た。

 有事や空襲の際は、協会員一同が、本館に集合することになっていたからだ。

「まったく、終戦協定が結ばれたというのに……。アホが。どこの国の戦闘機じゃ!」

 クラークが、憤慨ふんがいした様子で、正面入り口から、頭上を見上げ叫んだ。

「教官!危ないですよ」

 ハワードが、クラークに館内に入るよう促す。

「ふん、舐めるな!」

 クラークが両手を、胸の前で合わせ念じると、協会の本館を光の壁がドーム状に包み込む。

 その直後、光の壁に戦闘機が放ったミサイルが当たり爆発したが、光の壁は全くの無傷だった。

「障壁……。流石、準特級は違いますね」

「お世辞はいい。この障壁はそう長くは持たん。ハワードは早く地下のシェルターにみんなを避難させるんじゃ」

「分かっています。みんな、全員揃ってるかい」

 点呼を取っていたアンナが、青ざめた顔でハワードの元へやってきた。

「あの、支部長……。ユリが見当たりません」

 ——ユリが居ない?くそ、こんな時に。

 思考を巡らしていたハワードに、クラークの叫び声が飛んだ。

「おい、ハワード!窓の外を見ろ」

 窓から、空を見上げたハワードは、我が目を疑った。

「何だ、あれは……」



 岬で光に包まれたユリは、上空から聞こえる爆発音で我に帰る。

「あれは——!?」

 ユリの視界には、この世のものとは思えない光景が広がっていた。

 黄金に光り輝く羽根を、はばたかせる『天使』の軍団。

 神話上の存在であるはずの天使が、手にたずさえた槍の先から雷を放

ち、上空を飛行する爆撃機を破壊していた。

 その稲光りをかいくぐるように、黒い物体が戦闘機をかすめて、飛び回っている。

 それは異形の姿をした『悪魔』の群れだった。誰もが一度は、書籍などで見たことがある、神へ反逆を起こし、地獄へ落とされた堕天使。

 漆黒の羽根をもち、凶悪な顔立ちと鋭い牙を生やした、空想上の存在。

 悪魔達は、超音速巡航スーパークルーズの戦闘機に悠々《ゆうゆう》と追いつき、鋭利な爪と長細く尖った尻尾で、機体を切り刻

んだ。

 島の上空を飛行していた戦闘機は、次々と炎をあげながら撃墜されていく。

「何なの……あれ?こんなことって」

 ユリは、自分の身体が、光彩を帯びていることに気づいた。

 ——まさか、あの天使や悪魔は、私が実体化したの……?そんなこと私に出来るわけが。

 その時、彼女のいる岬に向かって、急速接近した戦闘機が、機関銃を掃射した。

 ユリは、とっさに目をつぶる。——直後、戦闘機がユリの頭上を飛び越え、火を吹きながら海へ落ちていった。

 いつの間にか、天使が羽根を広げ、彼女をすっぽり包み込んでいる。

 ユリに向かって撃たれた銃弾は、天使の羽根に全て弾かれ、地面に散らばっていた。

「あなたが——。私を守ってくれたの……?」

 天使は、彼女の問いに答えず、羽根を一振りした。天使の顔は、人の顔のようにも視えるが、光の線にも見える。

 どう形容したらいいか分からない。が、天使は私を、じっと見つめている気がした。



「あそこじゃ!」

クラークとハワードは、協会生たちを地下シェルターに避難させると、窓から見えた、岬より輝く光の元に向かって走っていた。

 ハワードは走りながら、夜空を煌々と照らす天使達と、戦闘機を次

々と葬る悪魔の群れに目をやった。

 驕り高ぶる人類に、神が裁きを下すという、黙示録の一節が彼の脳裏を不意にかすめた。

 やがて視界に光耀こうようとした岬が入ってくる。光を放つ中心点に、見覚えのある人影が映る。

「——あれは。もしや……ユリか?」

 ハワードは唸り声をあげた。

 彼の目に飛び込んで来たのは、身体中から光を発し、イコンや書物でしか見たことのない、眩い『天使』の羽根に包まれているユリの姿だった。

 その光景は、さながら主である神に付き従う、天使達が描かれた絵画のような神々しさを放っている。

「危ないっ!!」

 突然、クラークがハワードを突き飛ばした。刹那、黒い物体が、ハワードの頰をかすめて飛んでいった。

 ハワードが、手で頰を拭うと、血が滲み出ている。さっきの黒い影は一体、なんだ。

「——ハワード!大丈夫か?」

 見ると、クラークが、頭から血を流していた。

「ええ、大丈夫。助かりました。クラーク教官、頭から血が……」

「わしもかすり傷じゃ。とにかく、一旦協会の方まで戻るぞ!」

「しかし、ユリちゃんが——」

「ユリが具現化したあの天使や、さっきわしらを襲って来た悪魔は、恐らく彼女がコントロールしているものではない。力が暴走しとるんじゃ。今、ユリに近づいたら、わしらまで殺されるぞ!」

 確かに、クラークの言う通りかもしれない。ユリの身が心配でならないが、今の状況では、とても助けに行くことは出来ないだろう。

「分かりました。あなたの手当てもしなければ。一度協会に戻り、体制を立て直しましょう」

 二人は互いに肩を掛け、引きずるような足取りで、その場から離れた。


 チルア島に奇襲攻撃をかけるべく、飛来した戦闘機群は、もはや見る影も無くなった。

 二機の戦闘機が、上空を旋回し、撤退していくのが見える。その後を黒い悪魔の群が追っていく。

「……駄目。もうこれ以上……あの飛行機には人が乗ってるんだよ……」

 ユリは、悲痛な叫びを上げる。

 島から撤退しようとする、戦闘機の一機が、錐揉きりもみ状態で海に落ちていった。

 悪魔達は、一人足りとも生かして返す気は無いようだった。

 ——駄目!これ以上、誰も殺さないで。

 ユリが、祈るように上空を見上げていると、雲の切れ間から月明かりに照らされ、パラシュートが海上に落ちていくのが見えた。

 撤退する途中、悪魔達に撃墜された戦闘機のパイロットが、直前に機体から脱出したのだろう。

「よかった……」

 ユリが安堵したのも束の間、パラシュートは爪牙そうがによりズタズタに引き裂かれ、彼女の視界から消えた。

 ユリは膝を地面に着け、崩れ落ちた。

 ——また人が死んだ。私のせいだ。

「……もう、やめて……」

 彼女の瞳から涙が溢れる。

「お願いだから……もうやめてっ!!」

 ユリの声に呼応するかのように、天空を跋扈ばっこしていた天使と悪魔の群れが、徐々に消え始めた。

 同時に、彼女の体を覆っていた光も薄まっていく。

 ユリの頭上で、爆発音が聴こえた。

 空を見上げると、逃げ遅れた戦闘機が黒煙を吐きながら、こちらに落ちてくるのが見えた。

 先程まで、ユリの傍に居た天使も、煙のように消えてしまっている。

 逃げなきゃ。でも体が動かない。落下音は更に増していき、やがて岬にある平屋に衝突した。

 爆風が巻き起こり、その衝撃でユリは、一メートルほど吹き飛ばされた。

 彼女は地面へ倒れ込みながら、薄く目を開く。平屋に戦闘機の残骸が炎をあげながら突き刺さっていた。

 あの飛行機にも人が乗っていたんだ。私は、わたしは、ワタシは……《《人殺し》》だ。


 彼女の意識は、そこで途切れた。



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