罪とバツ 1
十五年に渡る三次大戦は、世界各国に甚大な被害を与え、人類の存亡さえ危ぶまれる局面まで追い詰められていた。
危機感を持った、大国の首脳達による和平交渉が着々と進められ、永きに渡る戦争は、ようやく収束の方向へと舵を切り出していた。
テレビやインターネットを通じて、その事実を知った世界中の人々は泥沼の戦争から、ようやく解放されるという安堵感に満たされていた。
その当時、私は十五歳だった。
孤児院から、ピクチャー協会に引き取られて、五年が過ぎようとしている。
その間も島は何度か敵国からの空爆を受けたが、ここ数ヶ月はまるで静かだ。ニュースで見た、終戦協定のお陰かも知れない。
あの日、ユリは休日を利用して、海辺を散歩していた。
潮風が花柄のワンピースをなびかせる。
サンダルを脱ぎ砂浜を素足で歩くと、ひんやりと気持ち良い。彼女のつける足跡を、波がかき消していく。
前方に、協会支部から良く眺めていた岬が見えてくる。
彼女の足は、自然と岬の方へ向いていた。
岬には、黄色に塗られた長方形の平屋があった。その脇には、対空機関砲が据え付けられている。
数ヶ月前まで、この場所には常に陸軍の兵士達が常駐していたが、今はその姿が無い。
終戦に向け、和平協定が開かれるとニュースで流れていたのを思い出す。
軍隊の人達は撤収したのかな、とユリは思った。
暑い日差しを避ける為、彼女は平屋の屋根が作る日陰に入る。
この平屋にも人の気配はなかった。ユリは被っていた麦わら帽子を取ると、青々と茂る草むらに腰を下ろす。
そよ風に吹かれながら、日影に座っていたユリは眠気に誘われ、そのまま居眠りしてしまった。
——彼女が目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
平屋に付けられた照明が、煌々と明かりを灯している。
「こんなに眠ったの、久しぶり……」
立ち上がり空を仰ぐと、漆黒の夜空に、満天の星が広がっていた。
天空を埋め尽くす、星屑の群れ。
太古の昔より、地球に生きる人々に方角を指し示し、様々な神話になぞらえた星座を生み出した。
決して消えることの無い、無窮のきらめき。
「綺麗……」
ユリは波飛沫をあげ、紫黒に揺れる海原に目を向けた。
対岸の大陸では、今も多くの人達が傷つき、嘆き悲しんでいるのだろうか。
——ジュリアさんは大丈夫かな。ユリは少し不安になる。
ジュリアは十五歳の時、異例の飛び級で準特級に昇格した。
そして翌年には、史上最年少となる特級能力者になった。
女性が徴兵され戦場に行く事は、あまり例が無い事だったが、ジュリアの能力の高さに目をつけた連合軍は、チルア政府を通じてピクチャー協会に「彼女の力を借りたい」と打診してきた。
クラーク教官は反対したが、ジュリアは「何事も経験です」と連合軍の要請を快諾した。
彼女が戦場に赴いてから一年になる。
原っぱに寝そべると、雲の切れ間から、丸く金色に光る月が見えた。
——世界はこんなにも美しいのに、何故人は争ったり憎しみあったりするのだろう?
幼い頃から、彼女はそんな思いを抱いていた。
人と人は違って当たり前で、何故、お互いを尊重し合わないんだろう。
他者を傷つけることは、結局自分も傷つくことに繋がると、ユリは考えていた。
暴力には暴力しか返ってこない。
それでも人は争いをやめようとしない。
でも、それでも——私は争いが無い世界がいつか訪れると信じてる。《《そう信じたいんだ》》。
青白く空に浮かぶ満月は、彼女の心を去来する想いなど、まるで無関心といった様子で、爛々《らんらん》と輝いている。
物思いに耽っていた時、遠くから、微かにエンジン音が聴こえた気がした。
彼女は上半身を起こす。——何の音だろう?
その音は、段々と近づき大きくなっていく。ユリは気づいた。この音は飛行機のエンジン音だ。
ユリは頭上の空を見上げた。
漆黒の闇に染まった空に、明滅する物体が見えた。
やっぱり飛行機だ。でも何故、こんな時間に……。
チルア空軍の戦闘機だろうか。音はどんどん大きくなってくる。
しかも一機や二機では無い。ユリは嫌な予感がした。——なんだろう、嫌な胸騒ぎがする。
いきなり、街中に設置されている空襲警報が、けたたましく鳴りだした。
同時に街の方面から、爆発音が聴こえた。
ユリが振り向くと、街の方面から、黒煙が上がるのが見える。
彼女は、茫然とその場に立ち尽くす。
また遠くから、別の爆発音が聞こえる。
——まさか、敵軍の戦闘機……?そんな。
「停戦協定が結ばれたって……。ニュースで——」
ユリの遥か頭上を、何機もの戦闘機が飛び越えていく。
「そうだ!協会のみんなは……」
協会の方角を見つめるが、ここからでは良く見えない。
また爆発音がした。
——死んじゃう。みんなが。協会のみんなが死んじゃう。
島の人達が。みんな死んじゃう。どうして、なんでこんな酷いことするの……?私達が何をしたの?どうして。どうして。どうして……。
「……や、めて。やめてえぇぇーっ!!」
ユリの声に呼応するように、彼女の身体中が光を帯び始めた。
同時に島の上空が、眩い光に照らされる。




