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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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 バレットの銃弾が防弾ガラスを突き破り、アンナを庇おうとした、ロンの肩をかすめる。

「ロンッ!」

 デイジーが叫んだ。

 ——マズイ。この状況で、ユリに気を使って、暴力を振るわないなんて事は言っていられない。俺が仕留めるしか。 

 黒スーツに向かって突進しようとした時、背後にいるユリの声が聞こえた。

「——やめて」

 ユリの瞳に、肩を抑え、うずくまっているローランドの姿が映っていた。

 なんで、何でそんな酷いことするの?どうして……。どうして?ユリの頭の中で、何かが切れた。

「やめてええええぇぇぇーっ!!」

 ユリの叫び声に、呼応するかのように突如、地面が激しく揺れた。

 震動は、直立することすら、困難な揺れだ。

 黒スーツと、デイジー達の間にある石畳に亀裂が入り、褐色かっしょくの土が顔を覗かせる。

「な、なんなんだ?これは——」

 デイジーは、突然の事態に動揺する。それはこの場に居る、全ての人間も同様だった。

 まさか、ユリがこの地震を引き起こしているのか……?

 彼女は描画するモーションを、まるでとっていなかったぞ。

「ユリ!」

 デイジーは、ユリに声をかけるが、まるで反応がない。

 彼女は膝をつき、まるで魂の抜けた様に、虚空を見つめている。

 その時、何処からともなく、チャイコフスキーの『ワルツ』の旋律が聴こえてきた。

「ユリ……大丈夫だよ。落ち着いて」

 ユリの肩に、白い小鳥が舞い降り、彼女の耳元で囁いた。

 小鳥が発した声は、ジュリアの声そのものだった。

「……え?」

 その声に、ユリは正気を取り戻した。——同時に先ほどまでの激しい揺れが、ぴたりと収まる。

 小鳥が、彼女の肩から飛び去った。

 ——直後、黒スーツの男と、彼が具現化した狙撃手の体に、鎖が巻きつき空中に吊り上げる。

「ぐおっ!」

 黒スーツは鎖で締め上げられ、苦悶くもんの表情を浮かながら、空中で呻いている。

「あなた達、大丈夫?」

 アンナ達が、頭上から聞こえてくる声の方を見ると、四階建ての建物の屋根に、ジュリアが足を組んで座っていた。

 手元には、黒スーツを締め上げている鎖が見える。

「ジュリア先輩っ!」

 アンナは歓喜し、その場にへたり込んだ。

「……助かったぁ」

 ロンが肩を抑えながら呟いた。

「ジュリアさん、どうしてここに?」

 デイジーが、屋根に座っているジュリアに尋ねる。

「たまたま、この近くで仕事があったんだ。そしたら偶然、あなた達を見つけたのよ」

 ジュリアは、胸中で舌を出した。——なんてね。仕事帰りに、ユリが心配で携帯のGPSを辿って、ここまで来たんだよ。

「お前は、まさか……次元狩りの死神(プレスリッパー)!」

 黒スーツは、宙吊りにされながら、ジュリアを憎らしげに睨んだ。

「そのダサい通り名で呼ばれたの、久しぶりかな」

 ジュリアは、興ざめした様子で男を見下ろす。

「こいつは傑作だ!まさか特級能力者を二人も拝めるとは思わなかった。おい、そこの黒髪の女!お前がさっきの地震を具現化したんだろ?」

 問われたユリが、黒スーツの男を凝視する。

「……私が?」

「まさか自覚が無いのか?そうか……。《《あの人》》の言う通り、やはりお前だったんだな!終戦間際に、島を空襲した爆撃機編隊を全滅させた描画具現者は!」

「……空襲?全滅……?」

 ユリは、男の言葉を反芻する。——何、言ってるんだろう?この人。いや違う、忘れていた。そうだ私は、あの岬で——。

「違う……違う。私は……」

 ユリは頭を両手で押さえる。

「違う?何を言っている。お前の悪魔のような力でこの島は守られたんだ!いやぁ、助かったぜ。お前には本当に感謝——」

 言い終わる前に、男の顎を、ジュリアの蹴りが打ち抜いた。

 彼女は蹴りの反動を利用して、地面に着地する。

 黒スーツは、白目をむき泡を吹いていた。

「死なないように、加減しといてあげたよ」

 ジュリアの表情は、今まで見たことの無いほど、冷徹に満ち瞳は怒りに燃えていた。

「ロン!大丈夫?」

 ジュリアが肩を抑え、うずくまっていたローランドに声を掛ける。

「防弾ガラスが緩衝材になって、かすり傷で済みました」

「アンナ、警察に連絡して。それと救急車!」

 彼女はアンナに指示を出す。

 その様子を、ユリは虚ろな表情で眺めていた。


 ——ジュリアさんの声が聴こえる。私に向かって何かを言っている。でも耳に入ってこない。私思い出したんです。何故今まで思い出せなかったのか不思議なくらい鮮明に。記憶が。ロン。良かった、傷も大した事無いみたい。デイジー、あのね。私。私は——。


 急に目の前が暗転する。最後に自分が地面に倒れる音が聴こえた。

「ユリ!」

 デイジーが駆け寄って、ユリを抱き抱える。気を失っているようだ。「くそ。こんな事なら初めから俺が、あの黒スーツをやっておけば良かった」

 だが、あの男が言っていた、ユリの引き起こした力とは何なのだろう。さっきの地震も、ユリが発生させたというのか……?

 頭の中が、疑問符で埋め尽くされる。


 遠くの方で、サイレンの音が響いていた。



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