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ユリは耳まで真っ赤になっていた。
「ど、どうだろうな」
言葉とは裏腹に、デイジーの心は天にも昇る気持ちだった。
——神様、ありがとう。信じてないけど。
だが、この話題を続けるのはメンタルにかなり負荷がかかる。
デイジーは話題を変えることにした。
「そういえばさ……。俺を描いて具現化した時、ユリはどんな気持ちで描いていたんだ?」
「そ、それは……あの時はとにかく夢中で。でも、私がデイジーを描く前にイメージしたのは『自分が想い描く理想の人』でした」
「想い描く理想の人、か」
その時、ロンとアンナが乗ったボートが、こちらに近づいてきた。
「おーい。ユリー!デイジー!楽しんでるかーっ?」
ロンが、二人に向かって叫んだ。
「はい、ボートに乗るのは楽しいです。景色も綺麗ですし。ねぇ、デイ
ジー?」
ユリは、二人に手を振りながら、デイジーの方を一瞥する。
「あ、ああ。楽しんでるよ」
「あたしは普通かな」
アンナは足を組み、両手を頭の後ろに回しながら、あさっての方向を眺めていた。
「よし、デイジー。そろそろやるぞ!」
突然、ロンがシャツを脱ぎ、ボートから川へ飛び込んだ。
「——お前。本当にやるのかよ……」
デイジーが唖然とした顔をしていると、ロンに足首をつかまれた。
「さぁ、お前も飛び込んで、一緒にリア充への道を突き進もう」
やめろと叫ぶより早く、デイジーはロンに引っ張られ、湖に勢いよく落ちた。
「アンナ、見てるか?俺の泳ぎっぷりを!」
ロンは手足を小刻みに動かし、水面に豪快な音を立てて、ボートの周りを泳ぐ。
かくゆう、デイジーは死んだ魚のように、仰向けに浮かんでいた。
「……あんたら、何やってんの?」
アンナはボートから辛辣な態度で彼らを見下ろしている。
ユリは心配そうに、川に落ちた二人を見ていた。
デイジーとロンは、公園の近くにあった洋服店で、セール品の服を買って着替えた。
「酷い目にあった……」
ローランドの発言に、デイジーはブチ切れた。
「お前のせいだろ!!」
「デイジーが、池に飛び込んだらモテるって言ったんだろ?」
「まさか本気にするとは思わんわ!」
——こいつ、マジで頭のネジ飛んでるんだろうな、とデイジーは思った。
二人の口論を、アンナが制止した。
「なんでもいいけど、とっとと帰るよ。ユリ、行こう。ほら二人とも、さっさとしないと置いてくよ」
アンナがユリの手を引き、バス停の方角へ歩き出す。
デイジーとロンは、言い争うのを止めると互いを睨みつけながら、二人の後に付いて行った。
バス停に向かう途中にある、薄暗い小路を歩いていると、前方に数人の男達がたむろしているのが見えた。
男達の一人が、デイジーに向かって声をかけてくる。
「よう、久しぶり。前はとんだ恥かかせてくれたなっ!」
デイジーはその男に見覚えがあった。
以前ユリの初仕事に付き添った帰り道、絡んできたチンピラの男だ。
隣にいるユリも気づいたようだ。——しつこい奴らだ、とデイジーは辟易した。
「以前は大変失礼しました。お怪我は大丈夫でしたか?」
ユリは、あいも変わらぬ、丁寧な態度で男に謝罪する。
「何なのよ、あんたら!邪魔よ、邪魔。そこ退きなさいよ!」
道を塞ぐように陣取る男達に向かって、アンナが威勢よく叫ぶ。
「おぉ、怖。気の強いねぇちゃんだな。だが、お前の相手は俺たちじゃねぇ。今日は《《先生》》を呼んであるからよお」
イカつい男は、デイジーを睨みながら後ろを向いた。
——なんだよ、先生って……。時代劇モノの定番かよ、とデイジーは思った。
「先生、お願いします!」
チンピラの後ろから、黒いスーツを着た男が姿を現した。
男の眼光を見たローランドは、直感的にヤバいと察した。
——こいつ、その辺のチンピラとは明らかに違う。言うなればマフィアやヤクザが放つ、威圧感の様なものを感じる。
アンナも気づいたようで、表情が険しくなっていた。
「何だ、ただのガキじゃねぇか」
黒スーツの男は一歩、前に進み出る。
「おい、デイジー。あいつかなりヤバいぞ……」
「ぽいな」
デイジーは超、面倒くさげな様子だった。
そして怯む様子も無く、黒スーツの男に言い放った。
「悪いけど俺、あんたに興味も恨みも無いんだ。て言う訳で黙って消えてくれるとありがたいんだけど——」
「……ほざけっ!」
黒スーツは、内ポケットから銃を取り出し、デイジーに向けた。
「アンナ!」
ロンが叫ぶ。
「わかってるって!」
アンナは手提げ鞄から、折りたたまれた紙を取り出し広げた。
同時に、デイジーに向けられた銃口が火を吹く。
ユリは思わず目を閉じた。
——数秒後、彼女が目を開けると、黒スーツが発射した銃弾が、前方一メートル先の空中で静止している。
よく見ると、透明な四角い防弾ガラスが、四人の周りに張られていた。
デイジーはいつの間にか、ユリの前方に移動していた。彼女を守る格好だ。
「アンナ。良くやった!」
「うるさい!それより早く、あのマフィアなんとかしてよ!」
「……ほぅ、お前らピクチャーズだったのか」
男は持っていた銃を投げ捨てると、スーツのポケットから紙を取り出した。
紙に描かれた絵が、微光を放ちながら浮き上がる。
「だが、俺も同業だ!」
彼の目の前に、全長一メートル以上ある狙撃銃と、それを構えた人間が出現した。
ロンの顔から血の気が引く。——不味い。確かあれは、徹甲弾を撃ち出す軍用の対物狙撃銃。
「みんな、伏せろ!!」




