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「いいですよ。じゃあ私はデイジーと乗ります。アンナはロンとですね」
「えぇっ!あたし、あいつと乗るの?まぁ、別に構わないけどさ……」
アンナは露骨に不服そうだったが、しぶしぶ承諾した。
デイジーの漕ぐボートに乗りながら、ユリは湖を泳ぐ魚や水面を悠然とすすむ水鳥を、うっとりした眼差しで見つめていた。
日差しが反射して時折光って見える水面には、紅葉が鏡のように映し出されている。
「こういう美しい景色を観ていると、なぜか心が落ち着きます」
ユリは、オールを漕いでいるデイジーに愛嬌たっぷりの笑顔を注いだ。
「そうだな」
デイジーは、心地よい秋風に吹かれながら感慨深げに答えた。
公園内の木々が吐き出す、新鮮な酸素が身体中を駆け巡り、心が浄化される気さえする。
「……デイジー。あの……」
ユリは先ほどまでと、打って変わって顔を曇らせていた。
「ん?」
「話は違うんですが、ここにくる前にアンナに名前が女っぽいって言われた時、デイジーが嫌そうな顔をしていたので……。私、もっと考えてデイジーの名前を付ければ良かったと思いました……」
「なんだ、そんな事気にしてたのか。俺はユリが付けてくれたこの名前、気に入ってるよ」
「本当ですか?」
「本当だよ。デイジーの花は、ユリが一番好きな花の名前なんだろ?だったら……むしろ俺は、その……嬉しいよ」
「それが聞けて安心しました。私、花の外観も好きなんですけど、何よりデイジーの花言葉が大好きなんです!」
「——花言葉?へぇ、それはどんなの?」
「はい、デイジーの花言葉は『平和』と『希望』です」
彼女の発する声と表情は、母親が赤子に向かって語りかけるかのよう静謐さに満ちていた。
——平和と希望か。ほんと、ユリらしいな。
彼は、くすぐったくなる気持ちを抱えつつ、彼女の姿を眺めた。
美しい顔だと改めて思う。琥珀色の大きな瞳。優しい曲線を描く眉。口紅をささなくても、桃色に艶めく唇。俺にとって、彼女は光り輝く天使そのものだ。
「なぁ、ユリ。俺も話変えるんだけど……。あの……さ、俺のこと……どう思ってる……?」
「デイジーのことですか?好きですよ」
デイジーの胸が張り裂けそうになる。
「その……好きっていうのは……。こ、恋人として……の気持ち、かな?」
ユリは頰を紅くして俯いた。
「……あの。私、今まで恋愛っていうのをした事が無くて……。もちろん恋人っていうのも作った事ないんです。だからデイジーに対して、私が抱いている感情が、その……恋愛っていうものなのか自分でも良く分からないんです……」
「そっか……ごめん、変なこと聞いて……」
「いえ……」
しばしの間、二人の間に沈黙が流れる。
「——でも」
「え?」
「私がデイジーに抱いている好きっていう気持ちと、ローランドやアンナ、ジュリアさん、協会のみんなに抱いている好きっていう想いは違う気がします。こういう気持ちを恋愛感情って言うんでしょうか?」




