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ノースの街は、標高三千メートル程ある、バトナという火山の麓にあった。
バトナ火山は過去、大きな噴火を起こしたこともあるが、現在は殆ど活動しておらず特別に危険とは認識されていない。
火山の麓に形成された扇状地に発達する、水はけの良い土壌。
それを利用して、郊外にはぶどう園や果樹園が多く作られている。
バトナ火山には、数々の神話や伝説が存在した。
太古の昔、ティポスという上半身は人間で腿から下は、巨大な毒蛇の姿をした怪物がいた。
ティポスは恐ろしく巨体で、頭を持ち上げると空に浮かぶ星々とも摩っし、腕を伸ばせば世界の東西の涯にすら達したらしい。
底知れぬ力をもち、肩からは無数の蛇頭が生え、口からは高熱の炎を吐いた。
更にあらゆる種類の声を発することができ、その雄叫びは数キロ先の山々を鳴動させたという。
しかし神々の怒りに触れたティポスは神との死闘の末、最終的にここバトスの火山に封印された。
以来、ティポスが山の重圧から逃れようと、もがく度に噴火が起きるとされた。
そんな逸話を残す、バドナ山の麓にあるノースの中央には、ネム湖という大きな湖が存在した。
ネム湖は透明度の高い湖でも知られ、湖面に月が反射すると、おとぎ話に出てくる情景のように美しく見えるため、別名『ダイアの鏡』とも呼ばれている。
それに、いたく感激した中世の王侯貴族達は、こぞって湖の周辺に別荘地を建てた。
フレスコ画や大理石、豪奢な美術品で飾られた別荘地跡は、今でも湖のほとりに静々と佇み、来訪する人々の目を保養し続けている。
ローランドが連れて来たノースの街には、デートスポットとして有名なポロン公園があった。
公園はちょうどネム湖を取り囲むように作られ、湖岸の各所にはボート乗り場があり、カップルに人気のスポットになっている。
四人が歩く公園の樹々が、その葉と地面を紅く染めていた。
「ロン。前に本で読んだんだけどさ。この国の女性は、船から川に飛び込む男性に男らしさを感じるらしいぞ」
デイジーが、並行して歩くロンにぽつりと呟く。
「……何?本当か!」
——いや、冗談、とデイジーが言う前に、ロンはボートの受付まで駆けて行った。
「……まぁ、いいか」
普段、ローランドには何かと、からかわれていたので一矢報いたようで悪い気はしない。
「デイジー、あのボートの乗るんですか?素敵です!でも二人しか乗れないんですね」
隣にいたユリがデイジーの顔を覗き込んでいる。
「あ、あぁ……。そうなんだ。ユ、ユリ。よかったら、俺と一緒に……乗ら……ないか……?」
彼は、ロンと打ち合わせしていた作戦を思い出し、渾身の勇気を振り絞ってユリを誘う。




