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三日後の土曜日。ローランドの念願が遂に叶う日がやってきた。
それはアンナとユリ、デイジーを巻き込んだダブルデートだ。ロンとデイジーは彼女達と待ち合わせした正門の前に立っていた。
「くうぅー。待ちかねたよ!俺達、とうとうここまできたんだな」
ロンは整髪料でセットした髪を、守衛室の窓ガラスで何度もチェックしている。
「いや、とうとうって言うかデートはこれからだろ」
デイジーは呆れ顔で彼に言った。
「バカ、そのデートに漕ぎつけられただけでも神様の思し召しだぞ!」
「神様ねぇ……。俺はそういう存在はあまり信じてないけどさ。今回のデートだって単純に俺とユリが根回ししただけだからな」
そう言ってから、デイジーは胸中で想いを巡らせた。
——厳密に言えば、俺がダブルデートの件をそれとなくユリに頼んでアンナを連れ出すことに成功したって感じか。だが、さっき自分が口にした言葉は何だったんだ?
俺は以前ユリに対して彼女が自分にとっての神だと思った。その気持ちは今も変わらない。だが、その神に対して恋愛感情を抱いている自分は何なんだ?
崇拝することはあっても異性として魅力を感じることなどあるのだろうか。いや違う。
通常、神として崇められている者たちは大抵、歴史的な偉業を成し遂げた過去の偉人たちだ。
その人物を神格化して偶像などを作り、自分たちの『神』として様々なことを願ったり祈ったりしているに過ぎない。
対して俺の神はすぐそばに実在している。きちんと生身の身体を持った女性だ。そこが決定的に違う。だからって——。
「——おい!デイジー?もしもーし」
我に帰ると、ロンが呆れた顔でデイジーを見ている。
「……え?」
「え、じゃねーよ。お前、また目が違う世界にいってたぞ」
「わ、悪い……」
「いや、悪くは無いけどさ。お前、そうやってあまり内に篭って考え込むのは良くないぞ?」
ロンがデイジーを茶化している時、正門の守衛室前にユリとアンナがやってきた。
「お待たせー。何二人で話してんの?」
アンナはセミロングの髪をツインテールにしていた。
「ローランド、デイジー。おはようございます」
ユリの肩にかかるミディアムの髪は、少し伸びている。絹糸の黒髪には、夏の花火大会でデイジーが、ユリにプレゼントしたヘアビンが付けられていた。
「あぁ、ユリ。おはよう」
デイジーがユリに挨拶し返すと、アンナが割り込んできた。
「あ!ヒナちゃんじゃん。いつもユリと仲がお宜しいことで」
「……ヒナ?誰だ、それ?」
ロンがアンナに尋ねる。
「デイジーのことだよ。カスミに聞いたんだけどデイジーって花の名前さ、和名では雛菊っていうらしいんだ。だから、これからデイジーのことはヒナって呼ぶことにするよ」
「アンナ……。それは勘弁してくれないか……」
デイジーは明らかに不愉快な様子だった。
「何で?可愛いじゃん!女の子の名前みたいでさ。それにあんたパッと見、女顔だしこの際、女装して女として生きてもいいんじゃない?」
「それが嫌なんだよっ!!」
彼は顔を紅くして、アンナに吠えた。
「デイジーって名前もそもそも女っぽい名前なのに、これ以上、変な名前つけるんじゃない!」
「えー、どうしよっかなぁ?あ、もうバスがくる時間だ。みんな早くバス停に行こ」
「ちょっと……まだ話は終わってないぞ!」
アンナがバス停に歩き出すと、デイジーも慌てて彼女の後について行く。
「あいつ。名前気にしてたんだな」
「……そうみたいですね」
心なしかユリの表情が陰った。二人がバス停に向かおうとすると、守衛室の奥からジャックが出て来た。
「お、みんな揃ってお出かけ?」
ジャックはチルア国家警察の巡査だ。ピクチャー協会の敷地、建物自体が政府関連施設という位置付けの為、配備される守衛も国家警察から派遣されていた。
ピクチャー協会にいる人間は、その殆どが描画具現者で占められている。
だが支部長のハワードやジャックのような施設の警備にあたる者は皆、政府から派遣された人間だった。
「ジャックさん、おはようございます。ご機嫌いかがですか」
「絶好調だよ。ユリちゃんは、いつ見ても綺麗だね」
ジャックは制帽を脱ぎ、頭を掻いた後また着帽する。
「これからユリやアンナとダブルデートなんすよ!」
ロンのテンションは、やたら高かった。
「へぇ、それはいいね。まさに青春って感じでさ」
「ジャックさん、言うことがおっさん臭いすよ。まだ二十五歳でしょ」
「いやぁ、十代の子たちには負けるよ」
ジャックとローランドの人生観についての会話を、バス停にいたアンナが遮る。
「あんた達、何やってるの!もうバス来ちゃうよ!」
「やばい、ユリ早く行こう」
「じゃあ、ジャックさん行ってきますね」
「あぁ、みんな気をつけてな」
バスに四人が乗り込むのを見送った後、ジャックは守衛室の中に戻って行った。




