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「やあ、ジュリアちゃん。珍しいね。トレーニングしてたの?」
ジュリアが廊下に出ると、ハワード支部長がこちらに歩いてくるのが見えた。
「えぇ、デイジーと一本手合せしてもらっていました」
「ほぅ。彼はどうだった?」
「強いですね。彼の動きに反応して防御するのがやっとで。ガードした蹴りもまるでバットで殴られたような威力でしたから。途中からずっと『障壁』張っちゃいました」
彼女は右腕の肘をさすりながら「痛たたっ」と呟いた。
「ジュリアちゃんがそこまで手こずるなんて相当だな。まぁ彼がユリちゃんの描いた『人間』だと考えると……。おっとこれはここだけの秘密だったな」
ハワードは周囲を見渡すと、声のトーンを抑える。
「そう考えると、ジュリアちゃんの創る『オワシちゃん』や『コリュウちゃん』と生身で闘っているようなものだから、不思議でもないか」
冗談めいた口調でハワードが言うと、ジュリアが反論した。
「だとしたら、もっと不可思議です。彼が描かれた人間だとしても、あの動きは普通じゃありませんでした。それも、まだ全力を出してないって感じだったし……。もっともユリだったら『超人』でも具現化出来ちゃうかもしれませんが。それだと脳への負担が心配です……」
「それについては今の所、大丈夫だ。二度ほどユリちゃんには病院で精密検査を受けてもらったが、脳に関しての異常は全く見つからなかった」
「それなら安心ですが。でも、これほどの長期間、具現化を維持しているのに脳に負荷が無いはずが——」
「まぁ、そこら辺もあくまで『ユリちゃんが彼を実体化した』って仮定を前提にした話だよ」
「ユリが嘘をついているとは思えません!そのことは支部長やクラーク教官も十分ご存知なはずです」
ジュリアが珍しく感情的になっていた。その様子をハワードは横目で見る。
「もちろんだ。僕も彼女のことを疑う気は毛頭ない。しかしジュリアちゃんはユリちゃんに対して特別に甘いね」
——支部長の指摘は図星だった。確かに私は、ユリに特別な贔屓をしていると思う。
「……そうですね。確かに。こんなんじゃ寮長失格です」
ジュリアは、そう呟くと廊下に立ち止まった。
「しまった」とハワードは胸中で舌打ちする。
彼女がユリに対して、《《甘く接する理由》》を知っていたからだ。
それなのに、ジュリアの急所を突くような言動を取った、自身の軽率さを恥じた。
ハワードは慌てて彼女にフォローを入れる。
「いや。ジュリアちゃんは、しっかり責務をこなしてくれているよ。それに……甘いのはお互い様さ。そんな訳で、今後もユリちゃんのことよろしく頼むよ」
ハワードは、そう言い残すと後ろでに手を振りながら、廊下の奥に消えていった。




