彼女の秘密 1
結局、ローランドの提案したダブルデートは流れることになった。
花火大会の翌日、アンナとロンは前日の無理が響いたのか、ベッドから起き上がれずに昼過ぎまで爆睡していた。
デイジーは、別館の一階にある食堂で夕食を食べていた。
「こんばんは、デイジー」
ユリがトレーにラザニアを乗せて、彼のいるテーブルに座る。
「やあ、ユリ。それ美味しそうだな」
ラザニアは楕円形をした深みのある耐熱皿に入っていた。
表面のチーズが予熱でぐつぐつと音を立て、チーズにかけられたぺシャメルソースは香ばしい香りを食堂内に放っている。
「デイジーのミートスパゲティーも美味しそうですね」
彼女は両手を胸に重ねていつものお祈りを始めた。
一分ほどして彼女は目を開けスプーンに手を伸ばす。
「なぁ、ユリ。いつも食事前にお祈りしているけど、それって何かの宗教のしきたりとか?」
箸を止めて、彼女の様子を見ていたデイジーが尋ねる。
「え?あ、いえ。これは……私が勝手に考えて作ったお祈りです……」
自分で作ったのかよ!、と彼は心の中でツッコミを入れた。
「へぇ。ちなみに何てお祈りしてるんだ?」
「し、知りたい……ですか?」
「うん」
ユリは何故か、急にもじもじし始めた。
「えっと……。宇宙に住まう八百万の神さま、今日一日の糧をお与えくださったことに感謝いたします。この世界から争いや戦争が無くなりますように。ラーメン……。です!」
——エーメンじゃなくてラーメンなのかよ!っと言いたい気持ちを必死で抑える。
「……八百万の神って聞いたことないな」
「はい。八百万の神というのは、私のご先祖様がいる日本で生まれた概念で自然のもの全てに神が宿っているという思想に基づいた考えなんです。山や田んぼ、トイレや台所にも神様が宿っていて。八百万は無限に近い神様がこの世にいるって意味らしいんですが、私はその考えが好きで、いつも食事前にその神様たちにお祈りしているんです」
「なるほどね」
「……変でしょうか?」
ユリは少し不安げな顔をしている。
「いや、俺も素敵だと思うよ。その考え」
デイジーは、ふと彼女が新興宗教を創立したら、割と信者が付くんじないかと思った。
「そう言って貰えて安心しました。以前アンナにお祈りのことを言ったら、変って言われたので少し不安でした」
ユリはいつもの微笑を湛えた顔に戻っている。
そして片側の髪を耳にかけてスプーンですくったラザニアを息でふぅふぅと冷ましてから口に運んだ。
その仕種をみてデイジーはまた胸が熱くなるのを感じた。
彼女のちょっとした動作がとても愛おしく感じる。食事をするユリを見つめていると視線が合ってしまい、デイジーは慌てて視線を外した。視線の先に食堂に置かれたテレビが観える。
音量の絞られたテレビからはニュースのテロップが流れていた。
テロップには《任務中のピクチャー協会員が脳死》という表示がされている。
「——なぁ、ユリ」
彼は、スパゲティーをフォークで絡めながら呟いた。
「なんですか?」
「前にさ、描画を実体化する際に脳に負荷がかかるって俺に言ってただろ?それって脳死にまで至るケースもあるのか?」
ユリは手に持っていたスプーンを皿に置く。
「はい、過度に能力を使い過ぎると脳が酷使されて、最悪の場合は死に至るケースもあると教官に教えられました……」
「そうだったのか——。ジュリアさんに聞いたんだけど、絵を具現化するのはイメージの力が大きく作用するって……。それに関係するのか?」
「それも関係しています。私達の能力は絵の描写力はもちろんですが、イメージの力によるところが大きいんです。特に右脳……右脳は音楽や幾何学、発想なんかの芸術的な分野を司っているんですが、最新の研究だと、ピクチャーズはその右脳の活性度が通常の人より何十倍も高いらしいです。これは有名な《《アイーン》》シュタイン博士の言葉なんですが……」
ユリの説明を聞いていたデイジーが突然、吹き出した。彼女は不思議そうな顔をする。
「あの……また私、変なこと言いましたか?」
「いや、ごめん。大丈夫……変じゃないよ。続き聞かせて」
「はい!で、その《《アイーン》》シュタイン博士の有名な言葉に『我々、人間は潜在能力の十パーセントしか引き出せていない』っていうのがあって……」
デイジーは、話の腰を折らないように腹筋に力を入れた。
「その言葉の解釈には諸説あるらしいんですが、人間は本来もっと凄い力を持っているのに、それをあえて抑えているみたいで。その潜在能力を引き出せるのが私達、描画具現者なんだと教官に教わりました」
一旦、ユリは言葉を切る。
「ただ……その引き出す能力の比率が二十〜三十パーセントと上がるにつれ、脳が過負荷を掛け過ぎたパソコンのような熱暴走を起こし出して。それ以上脳に負荷をかけると脳神経が焼き切れてやがて死に至るんです……」
ユリの解説が終わるとデイジーが拍手する。
「やっぱりユリはアホなんかじゃないよ。ピクチャーズのこと色々教えてくれてありがとう」
彼が感心した顔をするとユリは紅潮した。
「嬉しい!デイジーはいつも優しいですね。あ、話していたら料理が冷めちゃいました」
「本当だ。せっかくのイタリア料理が台無しだな」
二人は笑いながら、残ったラザニアとパスタを平らげた。




