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「奥が深いな……」
デイジーの頭は混乱しかけていた。
「小難しく言ったけど、ようは描画具現者に重要なのはイメージ力と知識ってことかな。ただし今の理屈はあくまで上級能力者までの話だ。準特級以上になると俺がさっき言った論理はまるで通用しなくなる。理由として彼らが『《《物理法則を無視した存在を実体化出来る》》』って点だ。
デイジーはドラゴンって空飛ぶ生き物知ってるよな?」
ローランドの問いにデイジーは頷く。
「あぁ、伝承や神話における伝説上の生き物だろ?東洋じゃ龍って名称でも呼ばれてる」
「ジュリア先輩はそれを具現化出来る。本人はコリュウちゃんって名前を付けてるんだけど。ここで重要なのはドラゴンなんて伝記上やゲーム以外じゃ誰も、実際に観たことも触れたことも無いって所だ。でも彼女は実体化出来る。それを可能にしているのは、異常なまでのイマジネーションの高さだ。さっき俺がおおむね正解って言ったのは、そういう事。準特級以上のピクチャーズにとって具現化する存在の細かな情報や構造なんか知らなくても問題じゃ無い。おまけに、そのコリュウは口から荷電粒子砲ってのを撃ち出すんだ」
デイジーは記憶を懸命に掘り下げ、やがて思い出したように呟いた。
「荷電粒子砲ってフィクションで出てくる近未来兵器のやつか?」
「そう、ただでさえ空想の生き物が超科学兵器を撃つなんて、物理的に絶対有り得ない。現代科学でも、なぜ彼らにそんな神がかったものが実体化出来るのかは、解明されてないらしい。唯一はっきりしてるのは、その描画具現者の持って生まれた才能、育った環境、本人の努力が大きく影響するって事くらいかな。でも、前に一度ジュリア先輩のコリュウを見せてもらった時は俺達と同じく、あらかじめ紙に描いて具現化してたな。本人曰く『《《フル出力がだせない》》』からとか。もっとも俺がコリュウみたいなのを具現化しようとしても出来ないけど」
彼は、先ほど板チョコを実体化した紙に何かを描きだした。数分後、ローランドはドラゴンが描かれた紙を掴んでデイジーの眼前に掲げながら、何かを念じ始める。紙上のドラゴンは微光を放ったが一向に実体化される様子は無かった。
「ほらな」
ローランドは立ち上がると、自販機で缶ジュースを買って戻ってきた。
「そういやさ、デイジーは好きな子とかいるのか?」
彼は椅子から身を乗り出しデイジーの茶色い瞳を覗き込んだ。
「……好きな子?」
「その子の一挙手一投足が気になったり、見てるだけで胸がドキドキしたりする。そんな相手がいるかなと思ってさ」
ロンは先ほどまでの余裕に満ちた表情から一変して、真剣な眼差しをしている。
デイジーの脳裏に一瞬ユリが過ぎった。
「いや……その、居ないことは無いけど……」
「おぉ!誰、誰?」
彼の反応を察して、ローランドが食いついてくる。
「……てか、何でそんな事、俺に訊いてくるんだ?」
デイジーは必死になって話をはぐらかしにかかった。
「決まってるじゃん!好きな子をゲットして、リア充になりたいからさっ!」
「——リア充?」
「何だ、お前知らないのか?恋人がいる奴らの事をリア充って言うんだよっ!」
ローランドは顔を茹でダコみたいに赤面させながら、デイジーにまくし立てる。
まるで頭から湯気が立ち上っているように見えた。
「だったら恋人を作ればいいだけの話じゃないか?それでロンも、そのリア充になれるんだろ?」
「お前なっ!そんな簡単に彼女が出来たら誰も苦労しないんだよ!それに……告白……するのだってメチャ勇気がいるんだ!」
デイジーはローランドの熱弁を聞きながら、ティーカップを手にして紅茶を飲んだ。そして軽く深呼吸をしながら返答した。
「なあ、ロン。話がずれるかもしれないんだけどさ。お前のいう好きな子をゲット出来たとして、それで本当にリア充っていうのになれるのか?」
ロンというのはローランドのあだ名だ。彼はデイジーの発言に虚を衝かれたようで首を傾げていた。
「どういう意味だ?」




