天空に咲く華 1
前代未聞だった。描画具現者が実体化させた人間が、二ヶ月も消えずに存在している。そんなことを成しえた事例は未だかつて無かった。
少なくともピクチャー協会が把握している範囲で、そんな芸当が出来る能力者は世界中を探しても見つからない。
ユリからデイジーの事を聞いたハワード支部長とクラーク教官も当然、それが本当の事だとは信じられなかった。
なにせ彼女がデイジーを具現化したことすら、二人は把握していなかったからだ。
彼女が言うには二ヶ月前——中級昇格試験の数日前に自主練習をしようと自室で人物画を描いていた時、デイジーが実体化したという。
その後、数分間ユリとデイジーは部屋で会話していたらしい。
彼の名前であるデイジー・ホワイトも、ユリが白色とデイジーの花が好きという理由から名付けた。
二人が話している最中にドアをノックする音が聞こえ、ユリが扉を開けた時デイジーの姿は無く部屋の窓が開け放たれていた。
その事をユリは今まで誰にも言えないでいた。
理由として彼女自身も当初二ヶ月もの間、デイジーが存在を保っていられるとは考えていなかったからだ。
そのデイジーとユリは初仕事の日に街で再会を果たした。
ユリは事実を隠すわけにはいかないと判断し、支部長たちにこれまで黙っていたデイジーのことを打ち明けてきたのだった。
「信じがたい事実ですね……」
赤絨毯がひかれた会議室でハワードが椅子に座り呻いている。
「しかし、彼女が嘘をついているとも思えん。あの子の性格はわしらが一番よく知っとる。二人で口裏を合わせているとも考えづらい。デイジーという少年の方も具現化された時、いつの間にかユリの前にいて自分の名前すら分からないと言っておったしな」
クラークが壁際に立ちながらハワードの疑問に答える。
「そして何より彼女の潜在能力の高さ、か。しかしいくらユリちゃんが、ジュリアちゃん以上の能力者だったとしても——。そんな事が可能なのでしょうか……」
「その判断も合わせて、わしらとあの少年は本部に出向するんじゃろう?」
ハワードとクラークはデイジーを連れて、島の中央に位置する首都パレストにあるピクチャー本部へと赴いた。
一年前にユリの神がかった力を見たハワードとクラークは当然そのことを、上層部であるピクチャー本部にも報告していた。
そして上官から、この件は最重要機密として取り扱うようにとのお達しを受けた。
理由は言うまでもなく他国への情報漏洩を危惧しての事だ。もし他の国、特に敵対する国家側にその事実が漏れれば、最悪の場合ユリを拉致する為に諜報員を送ってこられる可能性もありえる。
それほど描画具現者の能力は、軍事力として世界各国に重視されていた。
特に能力の高い特級以上のピクチャーズが一人いるだけで、その国は水素爆弾十発を保有するに等しい抑止力を持つとさえいわれた。
三日後、ハワードとクラークはデイジーを連れて支部に帰ってきた。
ハワードは支部の職員や生徒たちにデイジーを本部から派遣された政府の監査官見習いだと紹介した。
実際は本部から「ユリとデイジーの件を要経過観察せよ」との命令が下っていた。
本部としても判断を保留しているのだろうと、ハワードとクラークは考えていた。
「そんな訳でジュリアちゃんには申し訳ないんだけど、ユリちゃんとデイジー君の様子をさりげなく報告して欲しいんだ」
支部長室の応接間には椅子に腰掛けるハワードと、両腕を後ろに組んだジュリアの姿がある。
「もちろん構いませんよ。元々、支部長からユリの指導を任されていましたから」
ジュリアは背筋を伸ばし、凛とした雰囲気を醸し出している。
「多忙な身なのに更に負担をかけてしまって申し訳ないね。ユリちゃんの初仕事の時も応援要請をかけてしまったし……」
「いえ、お気になさらず。でもアンナに代役を任せたのは軽率でした。結局あの子、途中でユリと離れて洋服選びに夢中になっていたらしいし……後でみっちり反省させましたけど」
「アンナちゃんらしいね。でも、不思議でしょうがないな。ジュリアちゃんほどの能力者なら、こんな小さな島国の支部で寮長などやっていなくとも……。本部を通して、他の同盟国から君を引き抜きたいとひっきりなしに連絡が来るしね。まぁ、僕や本部としてはジュリアちゃんがこ
こに残ってくれていて、正直ホッとしているんだが」
「私は自分の意思でここに残っています。それに私、この支部が好きなんです。だってここには《《家族》》が居るんですから」
ジュリアはハワードに一礼し、ドアに向かって歩き出す。
「家族、か。いい言葉だね」
ハワードはジュリアの背中を見ながら呟く。
ジュリアはポニーテールにしている美しい金髪を揺らしながら振り返った。
そして長い金糸の睫毛を瞬かせながら片方の目を閉じ、軽くウインクしながら青い瞳をハワードに向ける。
「ユリからの受け売りです」
嬉しそうに微笑みを浮かべながら、ジュリアは支部長室を出て行った。




