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「大丈夫ですか?」
「う……うん、ありがとうお姉ちゃん」
翠玉の瞳をした赤毛の少女は、ゆっくりと立ち上がりユリにお礼を言う。
「怪我はないか?」
デイジーが訊くと少女は黙って頷いた。
「何故あの子達はあなたにこんな酷い事をするのですか?」
「……多分、私の足が原因だと思う……戦争中に爆弾で怪我してからきちんと歩けなくなったの……」
少女は哀しみに沈んだ瞳でユリを見つめている。ユリはポケットから飴を取り出すと少女に手渡した。
「この飴玉は魔法のキャンディーなんです。これを食べたらきっとあなたの苦しみが何処かに飛んでいっちゃいますよ」
ユリは慈愛に満ちた双眸を少女に注ぐ。少女はユリに、もう一度お礼を言うと、ビッコを引きながら二人からゆっくり離れて行った。
「なぁ。ユリがあげた、あの飴玉ってそんな効果があるのか?」
「いえ……。本当はそんな効果なんて無いです。ただ……彼女の瞳を見たとき、少しでも元気になって貰いたい一心で自然とあんな事言っちゃいました……」
「そっか」
デイジーは先ほどの少年たちに腹立ちを覚えていた。人間の悪意に憤りを感じたのだ。
「……イジー。デイジー?大丈夫ですか!?」
我に帰ると心配そうな顔をしたユリが、デイジーの顔を覗き込んでいた。
「あ、あぁ……ごめん。少し考え事してたよ……」
「そうでしたか……急に怖い顔をして黙り込んでいたので、体調が悪いのかと心配しました」
ユリは、ほっとしたように胸を撫で下ろした。そして可憐な花が咲くように、次第に顔を綻ばせる。
「じゃあ、行きましょう。デイジー」
「うん」
紙に書かれた住所を見ながらユリが辺りを見渡す。
「もうこの辺りの筈なんですが」
彼女の持っていた紙を見ると、依頼主の名前が載っていた。
「ソフィア・ブルックス……。あぁ、あそこじゃないか?」
彼が指差した方向に一軒家が見える。家の表札にはブルックスと書かれてあった。
「ユリの友達、アンナさんだっけ?彼女が居ないな」
「そうですね。でも、もう約束の時間になりますし、先に入って待っていましょう」
この辺りの建造物は比較的、被害が少ないようだ。隣接する家々も、空爆の跡などは一切見受けられない。
二人は一軒家の庭に生い茂る薔薇藪を抜け、玄関ドアのベルを鳴らす。
しばらくすると、四十歳前後の穏和な顔立ちをした女性がドアを開けて出てきた。
「初めまして。ブルックス様からご依頼を受け、ピクチャー協会より参りましたユリ・フローレスと申します。彼は——」
ユリはデイジーをチラ見しながら道中、考えていたアイデアを口にする。
「彼は、私のパートナーのデイジー・ホワイトです」
「ピクチャー協会の人ね。さぁ、中へどうぞ」




