6
「曲も素敵だけど、題名も凄く好きなんです。とっても美味しそうですよね!」
——いや、確かに美味しそうだけど違うから!!
「私、この仕事……ピクチャーズじゃ無かったら演奏家や作曲者になりたかったです」
「……そうなのか?」
「はい、こんな素敵な曲が作れて、世界中の人達に演奏をして回れたら地上から争いや戦争が少しでも無くなるんじゃないかって思うんです」
「……そうか。そうだといいな」
デイジーの声は心なしか、《《少し冷めていた》》。
「ヴァイオリンといえば、ヴィヴァルディって方の作曲された曲も大好きです!」
「あぁ……有名な曲があったな」
いつの間にか、ユリがケースから小さい画用紙を出してペンシルで頭をトントン叩いている。
「何をしているんだ?」
彼が尋ねるとユリは「題名が思い出せないんです」と答えた。
「えーと……ヴァイオリン協奏曲の……。うーん、喉のあたりまで出掛かっているんですが……あ!そうだ、思い出しました!」
彼女は紙に題名を書き出し、それをデイジーに見せる。
「ヴァイオリン協奏曲の《《死期》》です。私、あの春夏秋冬を表現した曲が大好きなんです」
「……なんかすげー不吉な題名だな」
「それ、前にも寮のみんなに言われました!何故なのでしょうか……?」
——一瞬、からかわれてるかと思った。
だが彼女が冗談で言っているようには、どうしても感じられない。だとしたら——。
「ユリ。その寮のみんなに超天然だね、とか不思議ちゃんとかって言われたことある?」
「はい、よく言われます!なんで知っているんですか?」
ユリは不思議そうにデイジーをまじまじと見つめる。
——やっぱり。デイジーは破顔し、笑いを堪えながらユリに「何となくだよ」と答えた。
「そろそろ行きましょうか」
彼女は何事もなかったように立ち上がると、ヴァイオリンを奏でている男性の足元に置いてある空き缶に十ユロの紙幣を入れ、両手を胸に当て軽く手を握る。
「あなたに《《宇宙》》に住まう八百万の神様のお導きがありますように」
演奏していた男性はユリに祈られると途中で演奏をやめ、呆気に取られた表情を浮かべて二人の後ろ姿を見送った。