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「デイジー、彼女はアンナ・オルティース。ピクチャー協会の同期で私の友人です」
「よろしくアンナさん。今日は二人で買い物?」
「いえ、これからアンナと一緒に仕事を依頼された方の御宅に向かう途中なんです。そうだ!よかったら途中までデイジーも一緒に行きましょう。ねぇ、アンナ?」
ユリの胸中は、途中と言わず仕事が終わったら彼をピクチャー協会まで連れて行きたいという気持ちで一杯だった。
「ついて行ってもいいなら俺は別に構わないけど……」
デイジーは伺いをたてるようにアンナを見つめる。
「あたしはどっちでも構わないわよ。ジュリア先輩の代理でユリに付き添ってるだけだし」
——それにしても、ユリはこの男と知り合った事を何故あたしに教えてくれなかったのだろう、とアンナは首を傾げた。
——もしかして授業中ぼんやりしていたのは彼の事考えていたから……?そうだとすると、合点がいく。
アンナは何気なくデイジーとユリーを見た。二人の洋服、お洒落だな。そして、自分がまだ制服のままだった事に気づいた。
「ハミってるじゃん!!私だけが!」とアンナが叫ぶ。
「え?」
驚いて二人が振り返ると、アンナは立ち止まり肩を震わせている。
「え?じゃないわよ!二人とも私服でキメてるのにあたしだけ制服じゃん!何、この敗北感……?あたし、なんて惨めな女子なんだろ……」
「いやいや、全然おかしくないよ!俺の着てる服は相当なボロの古着だし」
デイジーが彼女を擁護する。
「そうですよ!私も、ジュリアさんに選んで貰った服を着てるだけですし!」
二人の発言がダメ出しになった。
「あぁ、もう駄目!今すぐ洋服買わなきゃ!ユリ、十八時に現地集合しよ!彼氏さん、それまでユリ任せるから!」
溜飲を下げたアンナが、怒涛の如く走り去って行く。
「——彼女、大丈夫か?」
デイジーが心配そうな顔をする。
「……多分」
ユリは複雑な笑顔を浮かべていた。
アンナが居なくなった後、二人は気を取り直し目的地に向かい出した。
「あの後、ずっとデイジーのこと気がかりだったんです。ロクにお話も出来なかったですし」
「いや……俺もユリのこと、ずっと気にしてたんだけど……ほら、なかなか会うチャンスも無かったからさ」
急に二人きりになってユリとデイジーは何故か少し気恥ずかしくなり、会話がしどろもどろになる。
「そのバッグには何を入れてるんですか?」
ユリがデイジーのショルダーバックを見ながら尋ねた。
「大した物じゃないよ。街で買った本とか。この島のことも勉強したかったからさ」
「読書しているのですね!それはとても良いことだと思います」
ユリはあどけない笑顔を浮かべ、手の平を合わせる。
「そういや、ユリは今日初仕事なんだろ?どんな内容なんだ、って俺が聞いちゃ不味いか」
「いえ、実は私もよく知らないんです。ジュリアという先輩の方が一緒に来て下さる予定だったんですが、急用でそちらに行ってしまわれて……」
「アンナって子も居なくなっちゃうしな」
デイジーが笑うと、ユリも微笑み返した。
石畳の小路を地図や看板を見ながらユリとデイジーが歩いていると、道の先に見える十字路からヴァイオリンの音色が聴こえてきた。二人が音の鳴っている方に近づくと、長髪の男性が道端でヴァイオリンを弾いている。
「デイジー、ちょっと聴いていってもいいですか?」
二人は楽器を奏でている男性から少し離れた建物の壁を背にして彼の演奏を聴く。
途中から聴いていた曲の演奏が終わると男性は楽器を肩から下ろした後、左肩にヴァイオリンを乗せ直し顎当てで楽器をしっかり挟んだ。
そして弓を凄まじい速さで動かしながら弦を弾き始めた。
「あ!私、この曲知っています」
ユリは膝を曲げ、地面にお尻がつかないように少し浮かしながらケースと両腕を膝に乗せて彼を見上げる。
デイジーはポケットに両手を突っ込み壁に背中を預けたまま、ユリに視線を向けた。
「へぇ、何て曲名?」
彼もこの曲の題名を知っていたが、あえて知らない振りをした。
「無伴奏ヴァイオリンのための《《パンケーキ》》って曲です!」
——いや、ソナタとパルティータだろとデイジーは心中で突っ込んだ。