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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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序章

 少女は自室で花の絵を描いていた。画用紙に描いているものはデイジーの花。

 野原一面に咲くデイジーの花々を彼女は夢中で画用紙いっぱいに描くと、そっと鉛筆を下ろす。

 そして何かを念じるように、大きくつぶらな瞳を閉じた。

 すると彼女が描いていた花々が燐光りんこうを帯び始め、淡く幻想的な輝きを放ちながら部屋の中をほんのりと照らした。

 次の瞬間、少女が画用紙に描いていた花が徐々に浮き上がり輪郭りんかくを形成しながら『空中に飛び出し』始めた。

 花々は燦爛さんらんと輝き彼女を取り巻くように咲き始める。そして、実在するデイジーと同一の白、黄、ピンクに花弁はなびらを染めながら、やがて彼女の部屋床へやゆかおおい尽くす。

 少女はその光景をウットリとした表情で眺める。

「いつ見ても、花ってとても綺麗きれいですね」

 彼女は部屋に咲き乱れたデイジーの花を手に取り匂いをぐと、潰さないよう花の絨毯じゅうたんに寝そべった。

「今回は何分くらい保つでしょうか」

 彼女は壁に掛かった時計をじっと見つめた。窓ガラスのカーテンから差し込む木漏こもれ日が、デイジーを明るく照らし花々の色はより一層、輝きを増しているように見える。

 画用紙に描かれた花々が実体化してから十五分が過ぎた辺りで、彼女の周りに咲いて花がゆっくりと色を薄め、やがて煙のように霧散むさんして消えてしまった。

「十五分! 私、ユリ・フローレスは本日、自己新記録を達成しましたっ!」

 ユリは床から起き上がると、声をあげ小躍こおどりする。

「教官に伝えたら褒めてもらえるかな……」

 彼女はおぼつかない足取りで、窓のカーテンとガラス戸を開けた。外から春を感じさせる柔らかい風がユリのつややかな黒い髪を揺らした。

 彼女の住む寮の三階からは緑青ろくしょうにきらめく海と雲ひとつ無い群青ぐんじょう色の空が広がっている。

 海沿いから少し離れたやや小高い丘に建てられた寮の窓から一望いちぼうできる、この美しい景色を眺めることがユリは大好きだった。

 敷地しきちの至る所から、小鳥たちの合唱が鼓膜こまくに入ってくる。 

 ユリは甘酸あまずっぱい春の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 彼女は視線を海に向かって突き刺さるようにそびえるみさきの方に向けた。

 岬は青々とした草花が生いしげっており、その一角には空に向けて対空機関砲たいくうきかんほうが設置されている。

 ユリはその岬を見ながらふと、《《昨日夢に現れた情景》》を思い出した。岬に立ち尽くし、叫び声を上げている自分。

 そして幼少の頃、孤児院で仲良くしてくれていた友達。頻繁に現れる、その夢は『私にとって』とても重要な気がしてならない。

 物思いにふけっていた時、突然左胸がズキズキと痛みだした。彼女は左胸を抑え、窓辺から崩れ落ちる。

「大丈夫、大丈夫だよ……すぐ良くなるから……」

 そう、自身に言い聞かせながら両手を胸に重ねる。そして祈るように天井を見上げながらつぶやいた。


「神様……何故、人は争い傷つけ合うのでしょうか……」


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