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彼女の命と億万の命  作者: 春夫
8/13

イオリvsカエデ

「おぅおぅ、今日でどっちが上がはっきりさせてやるっ!」

「その貧弱そうな装備でよく言えるわね・・・。」


イオリとカエデはお互いに5メートル離れた所でにらみ合う。

イオリは一つの拳銃と一本のナイフに対し、楓の装備は拳銃2丁、短機関銃つまりサブマシンガンにナイフ2本。

装備の差は歴然だった。


イオリは表情を歪める。

どうにか勝てるための策を頭の中でいくつも作る。

可能性を広げていく。


「・・・。」

「・・・。」


お互いに目を合わせて、ゆっくりと両手に武器を持つ。

睨み合ったまま動かない。


二人の勝負を眺めるノア。

彼らの実力差を客観的判断するなら、ノアにとってイオリが上だと認識していた。

しかし本人たちは違う。

イオリは元々自己評価が低いが、はっきりとカエデのほうが強いと確信しているのだ。

でもカエデは自分のほうが強いと分かってはいても一つの油断で負けることは普通にありえると思っていた。


「・・・っ!」


見合う時間が長引く試合、先に動いたのはカエデだった。

両手の拳銃でイオリに向かい距離を取りながら撃つ。

イオリはカエデの射撃能力を通常より高く考えていた。

故に向かってくる弾幕を素直に避けるだけでは駄目だと予想する。


「ほらほら!カエルのように跳ね回りなさい!

狩られる兎のように、踊り狂って私を興じさせれたらご褒美をあげる!」

「くそっ!生き残っても逃げ回る必要がありそうだし、ってかカエルなのか兎のなのかはっきりしろ!」


避けることにもフェイントを入れる。

カエデの先回り射撃を逃れるためにはそれしかない。

しかし来るのは人体では対処できない速度の弾丸。


イオリは予想に予想を重ねた。


銃口の向きから点で予想し、時にしゃがみ、時に回転しナイフの横腹で弾く。


「・・・無駄が多い。」


ノアの目にはイオリの前の戦闘時に見せた実力の片鱗は映らなかった。

しかしそれも仕方がないこと。

基本ハンターは最悪を想定し、敵に遭遇したなら最高でも2手で、できなければ持てるすべての武器の物量で勝利を手にする。

だか・・・今のイオリがしているのは、3手先を常に読む高度な対人間用の戦闘だった。

相手の予想すら予想し、最小の被害で抑えられる動きを数多くの選択肢の中から取捨選択をする。

それを1秒も満たない間に考え、決断し実行する。

完璧ではなくても、それを彼らはこなしていた。


お互いの細部まで知っている彼らだからこそ出来る戦闘。


ノアなら誰を相手にしようと出来ないだろう。

豪鬼ですら出来るか不明なほどの芸当なのだから。

アオバがもしかしてと仮定出来たのは奇跡だった。


「・・・そろそろ手を加えるか。」


しかしノアにとってはそんなの認識しようと出来なかろうと意味のないこと。

彼にとって基本性能の差は体が覚えている数多くの戦闘経験がその戦闘能力の差を埋めている。

埋めて彼らを越していた。

故に劣等感など感じはしない。しかし認識出来ないのは事実。

ノアは彼らは全力で精一杯の目一杯な戦闘を、まだ全力ではないと考え、気配を消してスナイパーライフルを構えた。


「「・・・。」」


二人はノアの気配が消えたことに気づく。

スナイプで撃たれると予想した。

イオリは防御で手一杯。ノアの狙撃を防ぐほどの余裕はない。


カエデもそれは分かっており、勝負を決めるために片手の拳銃をサブマシンガンに持ち変えた。


「・・・決めるっ!」

「・・・来なさいっ!」


その一瞬の攻め入れる時間。イオリはノアのことを考慮していたが悩む前に体を前に駆け出させる。

カエデとの距離は約50m。

物量で攻められたらイオリに勝ち目はない。

けどイオリにとってそんな理不尽は予想通りなこと。

その物量をなんとか防ぐため知恵を振り絞った。


「せぇぇりゃァァァァァァ!!」


硬い地面から柔らかい砂へと移動すると同時に地面を思いっきり蹴る。

大きな砂粒を舞わせるように、視界を遮るように目の前に砂を広がせた。


さすがのカエデも視界で捉えられなければ物量で攻めようとイオリを倒せない。

でもそれはただ変化のない常人と同じ目を使うならである。


「私の索敵能力を忘れたのっ!これはまた1から私を教え込む必要がありそうね!」


カエデの目は拡張編集されている。


意識すれば視界は広角され、観察対象として捉えていたのは白い枠線で強調表示されるのだ。

それは砂埃で隠れようと、表示される。

姿が一切見えなかろうと砂埃の細部まで分析し、少しのズレと動きから、対象の位置を捉えられる。


そして、彼女の頭につけるヘッドフォンのような機器に収容される情報を抜き取り、対象に対する情報も表示される。


つまりカエデの目から隠れることは不可能だったのだ。


「・・・っ!?」


カエデの銃弾がイオリのいる場所へ放とうとした。

しかし、その銃撃は始まらない。

カエデの視界の白線が歪み始めイオリを認識できなくなった。


カエデは考える、枠線の歪みの理由を。


「何度も砂を巻き上げてるわね・・・!」


イオリたちのいる荒野の砂は粒子が少し大きいのに対し、重さは他と比べれば少し軽い。

故に砂埃は濃く、だが長時間舞い続ける。


イオリはそれをわかっていたから、一度の蹴りで自分の身を隠すほどの砂を宙に舞わせることが出来た。

しかしカエデにはそれが通じない。

一回程度、砂埃を発生させたところで通じるはずも無い。

だから何度も蹴り上げ、手で舞いあげる。

不規則に、そして壁を作るように。

カエデは情報分析機を映像解析だけに設定してある。

つまり温度や湿度などから解析するのではなく、映る状況を分析して必要な情報を提示しているのだ。

故に不規則な砂埃が重なり、厚くなれば、イオリの情報は薄くなる。

カエデが困惑するのはイオリの想定どおりだった。


「当たれ・・・っ、」


カエデが攻撃をやめた今、イオリは攻撃のチャンスを手に入れた。

落ちていた手のひらほどの石を投げる。


「・・・っ!」


砂埃から出てきた石を、さすがの反射神経で撃ち落とすカエデ。

即座にその石から逆算して、予想したイオリのいる位置へサブマシンガンで銃撃を始めた。


しかし先手はイオリが取っていた。


イオリは石を投げたあと、地面スレスレに身を低くする。

そしてナイフを逆手に、もう片方の手で石を手に持ちながら地面を這う。

手に細かな石が刺さるが、勝つために我慢する。


「ッ!?ゴキブリの真似しないっ!」

「失礼なっ!?好きでしてるわけ無いでしょ!」


カエデにとってイオリの位置は予想外だった。

その位置は低く、サブマシンガンが狙う高さにイオリはいなかった。

サブマシンガンを下にして蜂の巣にしてやろう。

そう思ったが、カエデは分かっていた。

装填した銃弾も尽きようとしていることを。


「仕方ない・・・!」


カエデは右手のサブマシンガンを後ろへ投げ飛ばす。

そしてすぐ腰の拳銃に手をかけ、イオリへと射撃しようとする。


「させないっ!」


イオリは元々サブマシンガンを落とすために持っていた石を、カエデの拳銃へと投げる。

それは運良く手に当たり、拳銃落とすことに成功した。

しかし、身を低くして石を投げたことにより、手の遠心力に耐えられずイオリは転けそうになる。


抗う時間はない。


イオリは身の傷を考慮せず、転けそうになる勢いも利用しカエデのもとへと前転する。


「まるでダンゴムシね。」

「さっきから俺、虫ばっか!」


距離は縮まった。

カエデとイオリはもう銃を撃てるなんて思っていない。

この近さになれば撃つより肉体で攻撃した方が早く確実だからだ。

カエデは意識を入れ替える。

イオリは自分に従い、彼女のもとへと足を止めない。

手に持つナイフを彼女の首元へと送る。


「イオリのすることなんて1000手先だろうと読めるわよ?」

「・・・チッ!」


しかしそれは手に持つ拳銃により防がれる。

イオリは横に弾かれたナイフを即座に捨てて、カエデの拳銃を打たせないように掴みあげた。

しかし参ったと言わせるためにカエデに伸ばしたもう一方の手は、なんともないように掴まれた。


これで両者動けなくなる。


「・・・俺はあまり情報機器に頼ってないじゃん?

今、互角で戦えてるなら実質俺のほうが強くない?」


こめかみに怒りマークを浮かべながら、下がろうとする拳銃を力一杯抑える。


「あら?私がその分手加減してあげてるのわからないの?

あまり生意気言ってると、帰って酷いわよ?」


カエデも同じように、首をつかもうとするイオリの手を止める。

お互いにムカついているからか、おてこを強くぶつけた。


「「・・・っ!?」」


数秒、相手の動きを読み合っていると、新たな殺気が横から感じられた。

イオリたちは即座に後ろへ飛ぶ。


「・・・訓練なんだ、殺り合え。」


ノアの狙撃だった。

イオリはノアの言葉に怒る。


「子供たちに殺り合えと言うなよ!

少しは優しさとかないのか!

・・・ゔぉっ!?

カエデも容赦なく仕留めに来るな!」


ノアに文句を言うと、カエデが蹴りを入れてきた。

手に拳銃はない。

接近戦で決めるき満々だった。

腕でなんとか防ぐが、立て直すためには距離を取らなければならなくなった。


「安心しなさい!優しく気絶させてあげるから!」

「安心できる言葉使ってくれよ!

気絶させるのどこに安心できる要素があるってのさ!」

「私が言ってる点。」

「危険しか感じんわっ!」


しかしそれをカエデは許さない。

イオリは仕方なく、全身を使って対応した。

不自然な態勢だからどこの筋肉も緩められない。

力を抜けない。


「くそっ!ジリ貧すぎるっ!」


何度も後ろに下がりながら応戦する。

しかしカエデの猛攻は激しさが増すばかり。

イオリは体術をかけたいが、カエデはそのすべてを把握している。

下手に決めようとすれば逆にイオリに帰ってくる可能性が高かった。

そのうえイオリには装備がない。


舌打ちをして防御しながら下がるしかなかった。


「あ、ヤベ・・・。」


後ろに飛ぼうとしたイオリは地面の柔らかさに足を取られる。

カエデは見逃さなかった。

足が取られると言う事は態勢が崩れるということ。

決めるならここ。


カエデは腰のナイフを最小の動きで抜き取りイオリの首へと付き立てようとする。

片手でイオリを倒すために押しながら。


ドスン・・・


地面に倒れる音が響いた。

結果はどうなったのか。


仰向けのイオリに、馬乗りのカエデ。

イオリの首にはナイフが付き立てられている。

そしてカエデは・・・腹に拳銃が付き立てられていた。


「・・・石使った時点で怪しいと思ってたけど、地面に隠してたとはね。」

「訓練でなら気にしないでいてくれるって思ったんだよ。

ま、考える時間与えないならけっこう有効な手だってことはわかったけど・・・それも索敵機器と情報収集機の制度を最低にまで落としたらの話か。」

「・・・へぇ〜、気づいてたんだ。

まぁ、そうであっても結果的にはこっちは首でそっちは腹。

勝負はついたんじゃない?」


イオリは拳銃を落とし両手を上げた。

参ったと言葉を出す。

勝敗は決っした。カエデの勝ちだった。


「俺の負け。もう好きにして。」


抵抗をやめるイオリ。

二人の中ではどんな勝負でも、敗者は勝者に従うと言うルールがある。

カエデは嬉しそうに頬を染めて、ポケットからある小型ガラス瓶を取り出す。

そこには紅い飴玉のようなものが数個入っていた。


「ならこれ食べて♪」

「えっと・・・・それは?」


恐る恐る聞くと、カエデは最高の笑顔で答える。


「私特性媚・・・発熱薬。」

「媚薬って言おうとした!絶対に媚薬って言おうとした!」

「効果は血液の巡りを良くして体温を高く出来る!

傷の治りも早くなって肉体の成長促進にもなる優れもの!

デメリットとして頭がボーっとなったり、体が嫌なぐらい火照ったり、フェロモンを人一倍に嗅げるようになったりすることかな?」


イオリは血の気がひく。

もしこの不気味な薬を飲んだのなら、十中八九効果が切れるまでカエデに逆らえなくなるなるだろう。

そうなると尊厳は豆腐をすり潰したようにぐちゃぐちゃにされること間違いなしだ。


黒歴史になることは目に見えていた。


過去、何度も人前で恥ずかしいことをさせられた記憶がイオリの頭に蘇る。


「い、嫌だ!飲みたくない!飲みたくないっ!ゔグッ!?」

「何を言ってるの、私が手加減に手加減を加えても勝てなかったのよ?

拒否しちゃいけないのよ?

大丈夫大丈夫、こころを強くして耐えたらいいだけのことだから。

部屋に帰っての私の誘惑に耐えるだけだから。」


なんとか抜け出そうとするが、カエデによりイオリは口内に薬を招き入れなければならなくなった。

ゴクリと飲み込んでしまう。


「さ、あとは要観察。もう立っていいわよ。」


飲んでしまった。

後悔しても遅い現実に放心状態になる。


「そんな絶望しなくても大丈夫だって。

その薬は遅延性だから。

今すぐそうなるわけじゃないよ。」


何一つ嬉しくない情報だった。

それどころか遅延すると聞いて、都市に戻ってから効果が始まることに「終わった。」と悲しくなる。


ノアはその様子を端から見て、そろそろいいかと二人に話しかける。


「盛り上がっているところ悪いが「盛り上がってないっ!」・・・一つ聞かせてくれ、カエデ、おまえのその索敵用情報収集機はどれぐらいの精度で挑んだ?」

「そんなの最低よ最低。

分析に加えて処理の速度と精度は一番下にしてあるわ。

その上、サーモグラフィーもドローンも使わなかったしね。」

「なるほど、理解した。」


イオリは始まる前から、カエデは本気を出さないとわかっていた。

古くからの付き合いで彼らは、お互いしかいない時、死ぬかもしれないとき以外は本気を出さないと決めているのだ。

故に、二人は装備もろくに揃えずに来た。


しかしイオリは密かに悔しがる。


カエデに勝てなかったことに腹が立つ。


別にカエデを索敵しかできないもの弱者とは思っていない。

索敵も情報収集も知性も能力も完璧な優秀すぎる存在と捉えている。


故に男心くすぐられた。

勝ちたいと競争心が芽生えていた。


しかし結果は惨敗。


悔しくなるのは当然だった。

しかしそんな心境も無視し、ノウは言葉を発する。


「勝者カエデ。よし、次はアオバとカエデだ。始めてくれ。」

「休憩しても?」

「・・・十分ならいい。」


カエデの要望に許可を出す。

戦闘が終わったイオリは項垂れながらそそくさと車へと入った。

戦闘に負けた後悔もあるが、事実意味不明な薬を飲んだという逆らえなかったことの惨めさに耐えられずふて寝を始める。

カエデは苦笑しながらイオリに話しかける。


「安心しなさいな。君がどれだけ恥をかこうと私だけは見捨てないであげるから。」

「その原因があなただということさえ忘れてくれなければもうなんでもいいです。」


その言葉は今までの中で一番弱々しく、戦闘中の気迫は存在しなかった。

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