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彼女の命と億万の命  作者: 春夫
13/13

深夜探索

「イオリ、起きなさい。」


ぺしぺし、頬を叩かれる。

睡魔が少量、退治された。

しかしそれは比率にすれば95:5。

圧倒的な眠さにイオリは唸るだけで瞼を上げれずにいた。


「起きなさいって。」


何度も叩かれるが眠気のほうが強い。

布団に包まろうとする。

すると声の主は仕方ないと呟いた。


「起きないと全裸で街歩かせるわよ?」

「めっちゃ起きた!だから脱がしにかかるの止めてっ!」


重いい瞼を開けて視界に写るのは、戦闘服を着て服を剥ぎ取りに来るカエデ。

意識をフル回転させて、大事な部分が晒される寸前で彼女の腕を止める。


「おはよう、イオリ、いい朝ね。」


平然と微笑むカエデ。

何個かツッコミたかったが、相手は完全武装の天才。

下手なことを言って反撃に会えば百の確率でこちらが敗北する。

とりあえずは現状の把握が優先。

目を手の平で擦りながら何事かと尋ねる。


「・・・ふぁぁ、こんな時間に何〜?」

「眠気は無理矢理にでもふっ飛ばして戦闘準備始めなさい。じゃないと後で後悔することになるわよ。」

「え?なんで?ここに襲撃者でも来てんの?」

「違うわ、これから私達二人で古代都市に行くのよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・へ?」


素っ頓狂な声が出た。

襖から見える外は真っ暗。

星光る深夜の時間帯。


「・・・本気で言ってる?」

「命に関わる冗談は巫山戯ては言わないって決めてるの。」


そんな時間に外に出るとなると、夜目が効かない限り視界が最悪に悪くなるのは目に見えていた。

街灯などがない荒野ならそれは尚更のこと。

古代都市とて殆どの区域が明かりに関する機能を停止している。

こんな時間帯に古代都市に行く馬鹿は一人もいなかった。


「ほら、準備しなさい。」


しかし、カエデの表情は真剣そのもの。

マジで古代都市に行く気なのがイオリに伝わる。

・・・頭のいいカエデのことだ。

なにか意味があるのだろう。


いろいろな疑問が積もりながらも、渋々と準備を始めた。

完全装備にするため、刀、ナイフ、グレネード、銃、銃弾を困ることがないぐらいリュックに詰めて持って出る。

外に出れば一台の車があった。

運転席にカエデが乗っている。

イオリは助手席に乗った。


「この車、頑丈さと言い、タイヤのゴツさと言い・・・もしかして荒野用?」


手の甲で車の窓を叩き、音で硬さを示す。

彼はまだ少年。

かっこいい機械にはちゃん憧れていた。

が、彼は気遣いが人一倍できる人間。


「勿論。豪鬼のを借りたわ。」


少年らしいその純粋な微笑みはすぐに消えた。


「・・・許可は?いや、言わなくていいや。多分取ってないんだろうから。

・・・盗難防止用プログラムはどうしたのさ?」

「私のハッキングは世界一よ?秒で解除は余裕だわ。」


カエデは自他ともに認める天才。

端末を元に間接的な機械の操作も、企業も欲しがるプログラムを組むことも、ハッキングによる電子機器の掌握も彼女にとっては朝飯前だった。


「いくら金がないからと言っても無断使用はヤバいって。」


しかしそれの悪用をイオリは恐れていた。

理由がない限りしないカエデはまず使おうともしない。

それはイオリも信じている。

だが逆に考えれば理由がある限り、つけ入れるスキがあるのなら、カエデは絶対に逃さないのだ。


「あら?私は目の前の使えるものを使っただけよ?

レンタルするにしてもいちいち手続きが面倒くさいし、壊したら壊したで高額な賠償金払わなきゃならない。

だったら壊しても逃げれば大丈夫なものを使えばいい。

ってことで数年使われてない豪鬼の車よ。」

「強盗と何一つ変わらない。」

「一応言っとくけどこれ、今まで私とイオリが受けた全依頼の報酬の豪鬼が奪った約3割で買ったものだからね。

それに買うだけ買ってあいつあまり使ってないのよ。

この前もほら『お前たちが使えるなら使っていいぞ。』ね?言質も一応取ってある。

勝手に使っても文句はないでしょ。」

「豪鬼さんがそこまで人ができていたらね・・・いや、人ができていたとしても許せるもんじゃないけどさ。」


カエデが情報端末を取り出し、一つの音声を再生させる。

この音声のせいで否定ができなくなった。

が、イオリは古代都市へ探索に赴くのをなんとか諦めさせたい。

イオリがそう仕向けようとすると車は動き出す。

そんな思いはカエデにとってはお見通しだったのだ。


「ま、それに今更なんだし気にしない。

どうせいくら止めようとしても無駄なんだし。

あ、一応言っとくけど邪魔しようものなら無理矢理にでも事故って同罪にさせるから。」


いつもどおり、脅しでイオリを黙らせる。

こと既に遅し。イオリの諦める理由はいつもそれだった。


「はぁ〜、それ聞いたらもう止められるわけ無いじゃん、そこんとこ容赦ないのはもう知ってるよ。

・・・はぁ、後で絶対怒られる〜。」

「損失無しで古代都市から成果持ち帰ればいいだけの話よ。

人一倍、頑張りなさい。そして死ぬ気で車が傷つくのを阻止しなさい。」

「了解了解。全力で挑ませてもらいます。」


苦笑しながらカエデが車を運転する姿を眺める。

ハンドルを握っておらず、情報端末を弄っていた。


「・・・まぁ、豪鬼さん専用車だもんね、背は足りないか。」

「背ばかりはね、薬で上げるわけにもいかないし・・・ま、格好よくはないのは同意するわ。」


豪鬼の車は成人男性用。

生まれて十数年の、しかも女のカエデでは体格が合わず運転できていなかった。

だからカエデは端末を通しての運転を選ぶ。

言うなれば間接操作だった。


「よし!自動運転ソフト、インストール完了!」

「あぁ、後で絶対に怒られる。」


豪鬼とて古代都市の最前線で生き残ったハンター。

機械には多少の心得がある。

故にこの時間帯に勝手に車を使ったこと、無断で設定を改変したことはいくら完璧に消そうとバレるだろう。

イオリは後々面倒なことになるのを察し、ため息をついた。


しかしそんなのは後の祭り。


もうイオリは車に乗ってしまったことで同罪となっている。

これはもう深夜の古代都市で成果を上げるしか、割に合わなくなる。


今後のため、イオリは揺れる車内で銃の確認をする。

城塞都市の荒野に出る用の門までついた。

その門を見張る、都市管理職につく職員が突撃銃を持ち、車に駆け寄ってくる。

カエデは車を止め、職員と話すために窓を開けた。


「・・・こんな時間に外に行くつもりか?」


職員は突撃銃を握る力を緩めず、カエデたちを警戒する。

イオリは身を乗り出し、自身のハンターカードを見せ、でっちあげの事情を説明した。


「俺たちこれでもハンターの卵なんです。

一攫千金で楽したいとか思うバカなハンターですけど。」

「一攫千金にはそれ相応の実力が必要でしょ?

だから今から荒野に出て訓練する、なにか文句ある?」


職員は観察するような目で二人を見る。

彼は二人の腰には拳銃に目をつけた。

それらの拳銃は傷はあるが、新品のように手入れされていた。

馬鹿なハンターは銃の手入れを怠る。


それにハンドルにつながる端末にうつるプログラム改変画面を見て、それなり実力の持ち主だと判断した。


「・・・6時までは、原則、外から門は開かないことになっている。

いくら待っていても、大手企業の輸送者が来ない限りそれは変わらない。

早くついたからと言って門を壊してまで都市に入ろうとはするなよ。

高額な賠償金を払わなければならなくなるからな。

それと城塞付近での発砲は禁止だ。

深夜帯だからな。騒音を出したら帰ってきたとき迷惑料を払うことになることを肝に銘じておけ。」

「・・・。」


職員は都市外出記録書をカエデに手渡し、門を開かせた。

窓を閉める直前、職員の「死ぬなよ。」という言葉が聞こえたが、カエデは何も言わずに車を走らせる。


真っ暗な荒野の中、静かな車内でイオリが口を開いた。


「優しい人だったねぇ〜。」

「・・・そうね。」

「もしかしたら娘さんでもいるのかもね?

それも、とびっきり可愛くてカエデぐらいに可愛い娘さん。

カエデにその子を重ねて心配してくれた。」

「ふっ、私以上に美人で可愛くて格好良い女がこの世にいるとでも?

十中八九、子供だからってのが一番の理由よ。」

「気にかけてもらったの素直に喜べばいいのに、強情だねぇ〜。」

「私を笑う暇があるなら索敵しなさい。じゃないとまた・・・泣かせるわよ?」

「了解です!真面目にやります!」


カエデたちに親はいない。

愛を知らないわけではないが、まだ子供な二人。

親の暖かさというのを味わいたい歳だった。

しかし彼女らは分かっていた。

ハンターの道を選んだ時点で、それらが毎日感じられることはないと覚悟していた。


二人は意識を切り替える。

もうここは荒野、いつ死んでもおかしくない地帯。


「・・・左方向、数匹発見。右方向にも同数いる。

・・・襲ってくる様子はなし。多分寝てるんだろうな、無視して大丈夫だ。」


イオリは端末と双眼鏡を使い、索敵を行う。

真面目になったイオリの口調の変化に、カエデは苦笑を漏らす。


「・・・イオリ、いつもその口調にしたほうがいいんじゃない?

そっちの方が普通に格好良いわよ?」

「いつも適当に生きてるやつが戦闘時は格好よくなる。

愛嬌が出るこのギャップは大切にするべきじゃない?」


イオリ自身、戦闘時性格が変わるのは理解している。

もともと彼はどこか戦闘狂の節があった。

前回の古代都市探索訓練時も、モンスター相手に笑顔になったことで間違いないと自覚した。

しかし、戦闘狂と言っても単に殺し合いが好きなわけではない。

自身の実力を最大限発揮しないと死んでしまう状況、つまり危機感を刺激されることが好きだった。


「自分見失ってたまにキャラがブレるのさえなければね。」


しかしそれにはデメリットがある。

イオリが無意識にその環境を作ろうと、周りを刺激するのだ。

常識と倫理、価値観とルール。

イオリは人を善悪と強弱でしか判断の仕方を知らなかった。

それに加え、彼は自分の危険度を十分理解している。

だからこそ親しき仲でも普通を演じる。

それが彼の自分で決めた、自分の表面上の設定だった。


「カエデさえ、わかってくれればそれでいい。」


しかし表面があれば裏があるのが自然の通り。

イオリの本心は、カエデの色に染まればいい。

カエデの望む形となり、カエデの刺激となり、カエデの一部となって、カエデの全てになれば彼はそれで満足だった。


「あ、ムラってした。」

「・・・why?」

「本当にイオリは私を欲情させるのが得意よね。」


イオリの両手を掴むカエデ。

椅子を倒し、上からのしかかる。


「俺、結構・・・頑張ってカッコイイ事い言ったよね?」

「言ったわね。」

「このまま襲われちゃうと俺の尊厳とか俺の努力が薄れるんだけど・・・」

「安心して、それすら忘れられるぐらい溺れさせるから。」


イオリの想いを込めた心からの本音は、その頑張りに比例していろんな意味でご褒美な、いろんな意味でお仕置きな現状へと変換される。

カエデが服のチャックを外し始めた。


「ストップっ!ここ荒野だから!と言うかもうすぐ古代都市はいるからっ!実際ちょうど横に・・・っ!」

「大丈夫、知らなかった?私は最強なのよ?」


カエデは焦るイオリを、唇に人差し指を当てることで黙らせる。

そして腰から拳銃を抜き取り、窓から外に向けて2発。

襲おうと這い寄って来ていた全長2メートルになるトカゲが脳天に穴を開けた。

場に適した決め台詞と、イケメン以上の美貌。

イオリは一目惚れした少女のように心をドキッと振動させた。


それに自動運転だから事故ることもないし、時間が経てば目的地につく。」

「あ!クソ!便利なのが裏目に!ちょ、ちょっと待って///!あっ///あっ///あっ///アーーーーーーーーーーー///!」




十数分後・・・




「ふぅ、いい・・・時間だった。」


カエデは立膝座りで、ペットボトルに入ったお茶を煽る。

助手席には倒れた椅子にシクシクとイオリが泣いていた。


「貞操が・・・俺の貞操がぁ・・・!」

「貞操って・・・数十分、熱烈なキスをしてあげただけじゃない。大袈裟ね。」

「泣いて止めてっ言っても止めてくれなかった鬼畜め!」

「途中から舌絡めて離さなかったのは誰だったかしら?」

「・・・変態///!悪魔///!ドSサディスティック///っ!」

「ふっ、心地よい負け犬の遠吠えね。」


言い合いしても勝てないことに更に悲しくなる。

しかしそんなのはいつものこと。

立ち直りは早かった。


「・・・っ!」

「ん?どしたの?」


イオリが椅子を起こし上げたとき、古代都市へと入る。

そこからふざけていたカエデが雰囲気を変えた。


人気もない、進むにつれて増えていく見るからに寂れた建造物。

多数の銃弾跡に数多の血糊、半壊のビル、散らばったガラス。

イオリの予想通り、機能している街灯はなく、車のライトでしか古代都市を明らかにできないほど暗い。


そんな中、カエデが真剣に2台の端末を弄りだす。

目を見開き、指を高速に動かして操作しなければならないほどの、何かをし始めた。


「・・・モンスターを避けてる?」


車の速度は50km/h前後。遅くも早くもない速度で崩壊しかけている道を進んでいる。

イオリはカエデのしようとしていることに気づくため、自身の規定範囲を索敵、分析する情報収集機を使用した。

首につけた蒼く発光する電子情報収集機。

目を閉じれば、視界に立体的映像が現れる。

そこに捉えられるモンスターの位置が赤い点で表示された。

それを使用してイオリはようやくカエデのしていることを理解する。

車をモンスターに遭遇しないように走らせている事を。


「・・・凄。」


カエデの技術に驚嘆する。

多くの情報をいち早く収集し、その全てを分析、未来の可能性を予測し、最適解を算出する。

一人で出来るものではないし、端末2つでどうにかなるほどの技でもなかった。

しかしカエデが目の前でそれを実践して見せている。


イオリは腰にかけていた端末を手に取る。

そして首にかけている情報収集機にコードで繋ぐ。

最大出力にし、十数キロ先までの索敵を始めた。


「・・・いっ!?」


移動してる最中で十数キロ先までの索敵。

得る情報は膨大で、正確性を高めるためにその全てを分析しなければならない。

そのために首の情報収集機はイオリの脳と特定の周波数で連結しなければならなかった。

突然の頭痛、二日酔いの様な吐き気。

イオリはそれに耐え、1から100まで確認、必要あるかないか情報を取捨選択し、カエデの端末へと送った。


「・・・さすがイオリ。」


イオリはカエデを信頼している。

カエデの突発的な行動にも疑問は湧いてもそれには意味があると信じている。

だから彼女の役に立てる何かを、邪魔にならないよう聞かずに探して、最大限の補助に励む。

事実、イオリは一切の無駄を出さずカエデの役に立っていた。

カエデも喜んでイオリを信頼する。

送ってきた情報を元に進路を決定する。

二人は何も話さず、するべきことに集中した。


「・・・チッ!もう道がない!」


しかしそれにも限界がある。

数十分後、遂にモンスターを避けきれなくなった。

カエデは仕方なしと判断した突撃銃にサプレッサーをつける。


イオリはその姿を見てやっと確信した。

カエデは交通ルールを最大限守ろうとしていることを。


いつも通りではない、彼らの感覚では遅いとも言える車の速度。

戦闘を避けると言う問題発生の回避。

サプレッサーによる騒音の防止。


モンスターとは元々、古代都市の防衛、もしくは古代都市が作り出した経済そのもの。

モンスターの処理を嫌ったのは・・・間接的にも古代都市に喧嘩を売ったことにしたくないためだろう。


何故なのかは知らない。悪いところを見せないような動きをして何があるのかは分からない。

けどそれが今の古代都市を進むのに必要なこと。


イオリは瞬時に周辺の索敵へと意識を切り替えた。


「カエデ!数秒間の速度上昇は出来るか!?」

「出来るわよ!でもホント数秒!最高でも5秒!」

「充分!そこ!右曲がってっ!」

「右!?」


カエデは天窓を開け、身を半分、外に出す。

カエデは言われたとおり、車を操作した。


「あそこの橋は崩壊してるのよ!この道は通れない!」


車のライトが、続かない道の先を照らす。

数十メートルの崩壊した橋。

崩れに崩れて、橋の向こうの道には進めなくなっている。

しかしイオリはそれを見ても何も動じない。

そんなのは事前の索敵で知っていたからだ。


「カエデ・・・飛ぼうぜ!」


イオリは笑いながら言った。

カエデは一瞬、頬を引きつる。

そしてあざ笑うように叫んだ。


「事故ったら死ぬことを覚悟しなさい!」


車のリミッターを外す。速度を急上昇させるために。

イオリはそれに合わせ、車が宙に浮くであろう場所へと、前方にあるものを投げた。

左手に赤いスイッチ。

瞬きをやめ、タイミングを図る。


「行っっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェエエエエ!!」


斜めに傾いた巨大な瓦礫。

タイヤがその瓦礫を踏み、そして・・・宙へと飛び出す。

それと同時にその近くに投げ出したあるもの『小型高風圧発生機』のスイッチをイオリは押した。


小型高風圧発生機はもともと、緊急時に自分の身を吹き飛ばすために用意したものだった。

人間がギリ耐えられる風圧。車を押すには足りないだろうが無いよりはマシ。

奥の手として用意していたものを惜しげもなく使用した。


前輪がなんとか、橋の向こうの瓦礫へとかかる。


しかし後輪は道路の上にあらず宙の中にある。

道の上にまで車が登らない。

イオリは気づけば天井窓から外へと飛び出していた。

そして、落ちそうになる車を全身で掴み、全力で引っ張り始める。


本人の筋力を底上げする戦闘服を来ていたなら車を容易く引っ張れていただろう。


しかしそんなものを買うお金の余裕がなかった二人。

カエデは車を操作し、なんとか車を前に進ませる。

イオリは物理的に車を引き寄せる。


「嗚呼あゝああアアアアアアァァァァァぁぁぁ!!!」


結果、前輪の高速回転が地面に付き、急に進み出した。

これで車は落ちずに済む。

カエデはその現実を一瞬、喜びはしたが、その次に恐怖した。

このままではイオリを轢いてしまう。


「イオリっ!」


カエデの叫びは届いていた。

イオリは瞬時に地面を蹴り、高くジャンプする。

車はイオリの下を通り抜けた。

天窓は開いている。

伸ばした両手で掴み捉えた。


二人はそれに安堵した。

カエデは徐々にスピードを落とす。

イオリの体への負担を考えて、ゆっくりと車を進ませることにした。

落ち着くとイオリが天窓から車中へと入る。


「・・・死ぬとこだった。」


イオリは何がおかしいのか高らかに笑い始めた。


「ヤバかった!死ぬかと思った!良く無事だった!」


笑いすぎて涙が出ている。

カエデはその姿を見て、湧いてきた怒りが穴の空いた風船のように抜けていった。

基本ハンターは無茶をするのが仕事。

だからイオリの無茶もカエデはある程度は許すようにしている。

しかし命の危機の方が大きい無茶は、限度を守れば怒鳴りはしないが、最後にはお仕置きで怒りを収めていた。


「笑い事じゃないわよ・・・体に異常は?」


だがイオリの笑顔を見て、怒りは消えている。

今日は許そう。カエデは呆れたように怪我の有無を尋ねた。


「大丈夫、骨は歪んでない。けどダメージは大きいな!体がミシミシ悲鳴上げてる!」

「なんで嬉しそうなのよ・・・トランクに回復薬があるから飲んどきなさい。」

「・・・粉薬?」

「こんなときにそんな心配しないのっ!」


イオリは粉嫌ー、と呟きながら渋々と医療パックを手に取る。

開いて中から白い粉を取り出した。


口にその粉を入れ、水で胃の中へ流し込む。


身体修復薬、通称『回復薬』。

これには塗り薬だったり、粉薬だったり、いろいろな種類のものがある。

ハンター用で高額なものになると、自動再生治癒ガーゼのようなものがある。

それは、抗原提示細胞であるマクロファージの持つ効果に似た物質や、肉体における自然治癒力を向上させる栄養、包帯自体にある創傷環境調整効果でどんな重症でも治せる品物。

二人のような子供が手を出せるものではなかった。


高額なものは変えない。

なら安物でも効果が期待できるものを選ばなければならない。

粉薬はその条件に適していた。

飲みにくい、苦いなどのデメリットがある分、即時効果が期待できる。


イオリは口に残る苦味に耐え、助手席へと移動した。


「ふぃー、少し落ち着いた。」

「痛みが和らいだなら少し休んでなさい。ここからはもう安全だから。」

「ん?余裕ができたってこと?」

「ここらへん明るいでしょ?ここ一帯、機能が修復されて、都市側がモンスターの管理してくれてるのよ。

自分で確認してみなさい。」


イオリは周囲を索敵する。

モンスターが群でいるのは珍しくない。

しかしいる場所は一定であれど数はほぼランダムなのだ。


イオリが調べた情報では、一定の場所で群にしてはありえない数で密集していた。

そのほぼに電子反応がある。


「あ、マジだ。散らばってない。

・・・でもほぼ機械系・・・生物系は駆除されてる?」

「建物中見てみなさい、乱獲された奴が沢山いるわ。」

「・・・建物から出ようとしないね。」

「警護用か、実験用にまとめられてるんでしょうね。

古代都市は本格的に機能を戻そうとしてるわね。」


車を進めていくと、光がついている建物が多くなった。

全部ではないが一部の街灯や廃れたビルが機能しているのが見てわかる。


「・・・誰がそんなことするの?旧人類の人?」

「さぁ、古代都市は何でもありの世界。

特定することなんて無理よ。だから誰がそんな子としているのかは知らないわ。

人造人間だったり、コールドスリープから蘇った古代の科学者とかだったり、都市の管理者権限を持つ汎用型人工知能なんて一番いそうじゃない。

もしかしたらAIとも違う電脳世界の人間だっているのかもしれない。

特定するために可能性を上げてたらキリがないわ。」

「まぁそうだよね、昔は基本なんでも有り。

・・・でもそれならその誰かさんは古代都市を修復してなにを成したいんだろうね?

戻ったら戻ったでそりゃあ、現代最強の都市にはなるよね。

けど死んだ旧人類の人たちが生き返るわけじゃないし・・・人類滅ぼそうとする阿呆がいるとも思えないし・・・。

あ、世界征服とかなら有り得そうじゃない?」


イオリは夢見る少年のように目を輝かせた。

やはりまだ少年。憧れは壮大だった。

イオリに反してカエデは捻くれているのかへっ、と笑い飛ばした。


「したところでその理由は?

今の責任や道徳を持たない人間たちを捕えて、倫理と常識を兼ね備えた真人間にするとでも?

十中八九、不可能ね。人間の愚かさは筋金入りよ。」

「昔も全員が全員まともだったわけじゃないでしょ?」

「さぁ?圧倒的な文化を持つ人間たちなんだし、全員、真人間だってのもあり得ない話じゃないてしょ?

もしかしたら欲深かった可能性もある。

ま、知り得ないことを一々考えてもキリないし、私達は私達らしく今を考えて生きていけばいいのよ。

楽しんで古代の人々が文化を築くように・・・私と!・・・生き様を磨き続けれていなさい。」


カエデはイオリに保存食を手渡す。

それを受け取り口に放り込むイオリ。


彼にとって想像はすべて暇つぶし。

可能性の拡大はいわば趣味だった。

幼少期、非日常に憧れて、現在、その非日常の世界の中を旅している。

しかも、最高のパートナーと共に旅している。


彼はそれで満足だった。

だから多くの夢を見ても叶えようとは思わない。

ただその景色を、それに励む人間の姿を見れればいい。


「・・・ま、それもそっか。今後のハッピーライフ、宜しくね、カエデ。」

「私は淫乱な毎日を送ってもいいわよ?毎晩泣かせてあげようか?」

「・・・俺の性欲はそこまで底なしじゃないし、襲われるのが好きってわけじゃない。」

「即答で言えたら信じてあげる。ま、夜にあれだけ喘いでたら説得力なんて皆無だけど。」

「全部自分のせいって分かってんじゃん!この変態調教師め!」

「お褒めに預かり光栄です。」

「褒めてないわっ!」


二人は雑談で時間を潰す。

ときに笑い、時に怒り、時に恥じて会話を楽しむ。

数十分はすぐに過ぎてった。


「って、そろそろつくわね、イオリ、この手袋つけなさい。」


車から縦長の建造物が見え始める。

壁は少し錆びついて所々にヒビが入っていた。

しかし高さは想像以上にある。

円柱の建物。ここが今日、二人が探索する古代都市の建造物だった。


「ん?了解・・・?鉄板入れてる?」


イオリは赤と黒でデザインされた手袋を渡される。

それが改造されているのは装着して分かった。

関節部が固く、厚くなっているのだ。

恐らくなにかしらの金属が入っているのだろう。

見るからにこの手袋は殴る力を高める効果を持っている。


「えぇ、通常弾は防げるぐらいの硬度の金属を入れてるわ。

それを装備して外に出るわよ。」

「なんで?武器なら銃とかあるけど?

モンスター相手に近接物理しろって無茶は言わないよね?」

「仕方ないじゃない。だってここには銃とかの重火器の武器持って入れないもの。」

「え?銃持ってっちゃ駄目なの?なんで?」

「リボルバー位なら背中に隠せば大丈夫だろうけどそれ以外は駄目なのよ。

理由は探索の最中にわかるわ。

ほら、放心してないでさっさと準備する。」


カエデは防護服の下にナイフ、情報端末、多種多様なコードをしまう。

あまりの不安に動かなくなったイオリの装備も外し、車から外へと引きずり出した。

そして大きなショルダーバッグを背負い、イオリの手をにぎって建物内へと進み始める。

さすがのイオリも中に入る前に意識を取り戻した。


「ハッ!カエデ、流石にムリだって!

古代都都を武器なしじゃ生き残れる気がしない!」

「私を信じなさいよ、イオリ。

・・・大丈夫、私の言うとおり行動すれば怪我一つしないから。」


イオリは目を細め、カエデに疑いの視線を送る。

カエデはそんな視線を受けても何一つ表情を変えず、真剣にイオリの目を見つめ続けていた。

嘘はついていないと彼女の目は語っている。

握る力も強くなったことで、大丈夫なんだろうと疑うのは保留することにした。


「・・・分かった、指示にはちゃんと従う。

だからせめて指示のミスとかはやめてくれよ?それで死んじゃったら流石に俺がいたたまれない。」

「安心しなさい、私は自他ともに認める天才よ?

そんな愚かなミス・・・絶対にしないわ。」


カエデは頬を大きく釣り上げ、ニヤっと笑った。

その表自表情は自身に満ちている。

イオリは信じて進んでも大丈夫なのだと安心を覚えた。


誰もいない暗くて大きい古代の建物。

イオリは深呼吸してやっと、都市中を無防備で進む覚悟を決める。

不安は消えたわけではない。

今はお互いの実力を信じ、握った手から感じる互いのぬくもりを感じ、募り募った不安を紛らわす。


気づけば彼らの姿は既に闇の中へと消えていた。

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