タミラス
新しく登場した車の中から5人の男女が降りる。
彼らは一人はスーツでノアと同じくらいの身長の女性だった。
彼女はイオリたちの横にいるノアを見つけると、嬉しそうに手を振る。
「やぁやぁやぁ、この度はお招きいただきどうもありがとう。」
ノアたちのもとまで走り、営業スマイルを浮かべた。
イオリは彼女にお辞儀をし、アオバはフンッと鼻を鳴らし、カエデは鋭く睨む。
表情から見てわかるようにイオリはともかく、二人には嫌われていた。
しかしそれでも彼女は表情は変えない。
ノアの反応を待つ。
「別にお礼を言われるほどのことではありません、ヨシアさん。
今回はお互いに利点があったから協力しただけです。」
ノアは警戒しながらも礼儀を持って話をすすめる。
「いやいやいや、こちらとしては私達のような小規模の組織の個人戦力の強化に手伝っていただけるのはとても有り難いこと。
普通はお礼だけでは事足りませんよ。」
ヨシアのいる組織『タミラス』は名の通っている組織とは違い、小規模である。
しかし、中部都市では密かに有名となっている組織でもあった。
理由は単純。タミラスに所属する人間の戦闘能力はもちろんの事、二十歳を超える人員の交渉術、都市に関する情報収集力がずば抜けて優れていることで有名だからである。
故に企業も数多くいるハンターも、彼女らの組織を仲介役として雇うことが多い。
ヨシアもその力には優れており、巧みな交渉術で多少なりとも一介のハンターから全財産を巻き上げたことがある。
その事実を知っているためノアも警戒を緩めない。
子どもたちのために、注意人物として捉えている。
しかし彼女は年上。
最低限の礼儀は持たないといけない。
それに年上に敬語を使われていては面目が立たない。
「・・・こちらもその分の対価は貰っています。
ですから考えなくてもいいとは言いませんが、それを考える前にまず敬語は止めてください。
一番の年上であるあなたが敬語では、子供達が窮屈です。」
ノアはアオバの頭に手を置く。
アオバはなんだよっ!と文句を言うが気にしない。
ヨシアは考えるような仕草をして、ノアの提案を了承した。
「・・・分かったわ。これでいいかしら?」
「はい、それでお願いします。」
「・・・猫かぶりもあんたほどになれば本性だな。」
「アオバ、覚えておきなさい、こういう女ほど害悪で男を騙すクズだから。」
ヨシアの口調の変化にアオバとカエデ二人は嫌悪感を抱く。
彼らはヨシアが誠実な青年の金を巻き上げ、借金を背負わせ、彼の精神をボロボロにさせたのを実際に目にしている。
故にどちらかといえば営業口調のほうが彼らにとっては聞き慣れていた。
それに警戒出来る方が落ち着くのもあり、普通な女性のような口調は逆に気持ち悪く感じてしまうのだ。
アオバとカエデは普通に貶し始めてしまった。
「・・・ヨシアさん、本当すいません。」
イオリは二人の態度が流石に悪すぎることに申し訳なさそうに頭を下げる。
イオリも実際に見たわけではないがヨシアの危険性は重々承知だった。
けど、そうであってもヨシアは目上の人。それにヨシアは仕事でやっているんだと判断している。
イオリは二人分追加して謝罪した。
だかヨシアは腹を立ていない。
彼女自身、アオバとカエデの言ったことは間違いではないと思っていたからだ。
「いいのよ、イオリ君。私はこんなことで腹を立てるほど子供ではないから。」
しかし彼女は負けず嫌いであった。
ヨシアはイオリの頭をなでて、彼に自分の胸を近づける。
大人の女性らしく少年を誘惑し始めた。
イオリは顔を反らし、キョドってしまう。
それによりカエデは目に見えるからに怒り始め、イオリを抱き寄せる。
そして猫のように威嚇する。
ヨシアは勝ち誇ったかのような上から目線をした。
「ちっ、私ももう少し成長が早ければっ!」
「んにゅっ///!?んんっ〜〜ーーーっ///!ん~ーーっ///!んっ///!」
悔しそうに抱きしめる力は強くなる。
顔に柔らかな感触とぬくもりが伝わることにより、イオリの頬赤さは鮮明になっていった。
口を谷間で塞がれているせいでイオリは叫ぶことすらできない。
引き離そうと押すが彼女はビクともしない。
耐えようと覚悟したのと同時に、その力は一層強くなってしまう。
「おい!イオリ!何勝手に俺のカエデにくっついているんだ!」
「誰がアンタのよ。自意識過剰もいい加減にしなさい、アルク。」
それはヨシアの車内から降りてきた金髪の金髪オールバックの少年『アルク』のせいだった。
彼はカエデが孤児院入ったのと同時に3人と知り合いになり、カエデに一目惚れしている。
アプローチは多いのだが、カエデはゴミを見る目で対応して全部跳ね返している。
同じ孤児院にいなくて良かったと思うほど、彼はカエデに惚れていた。
カエデが組織『タミラス』を嫌う理由には彼も要因の一つだった。
「そうよ、あんたの妄想をカエデに押しつけんじゃないし。
あと喋んなし、私達の名声に傷がつく。」
「な、なんてことを言うんだ!?
俺はカエデのためを思って言っているだけだ、サツキ!」
しかし同じ組織内でもカエデが気に入る人間もいる。
それがアルクを躊躇なく罵倒する紫の髪のツインテールが特徴の少女『サツキ』。
「カエデ!久しぶり!」
「なっ!?む、無視「サツキ、おはよう。背中の斧、新調したの?格好いいわね。」・・・。」
「えへへ〜///♪」
サツキは同じ組織に所属するアルクすら無視するほど、カエデと仲が良かった。
カエデもサツキは気に入っており、一緒に訓練できることを喜ぶ。
お互いに手を合わせぴょんぴょんと跳ねた。
イオリはやっと開放された。
「相変わらず振り回されているんだな、イオリ。」
「ゴホッ、ゴホッ・・・困ったことにね。いつも変わらんよ。」
地面に手を付き呼吸を整えるイオリに手を差し出す赤髪の少年。
イオリはその手を取って身を起こす。
少年は苦笑した。
「やはり勝てないか?カエデには。」
「まぁね、毎日毎日踏み倒されて襲われて・・・。
・・・よかったら変わってくれてもいいんだげど?サン。」
「断る、というよりその要望は意味を為さないさ。
俺はカエデのお眼鏡に叶うほど、イオリのように天才ではないからな!」
2つの刀を背負う赤髪の少年『サン』。
彼はイオリの実力を知るカエデに続く友人の一人だ。
背の2本の刀は、イオリが使っているからとリスペクトして二刀流を極め始めた結果のものである。
そんな彼は笑いながら返答した。
イオリは彼の言葉にジト目で返してしまった。
「二刀流を始めて一年経たらずで形にした男がよく言うよ。
俺からすればお前らは頭のネジ緩んだ化け物だってのに。
まぁ、でも、褒めてくれるのは嬉しいな、ありがとう。」
サンとイオリは拳を合わせる。
サンが認めた相手にだけする、挨拶の一つだ。
「おい、サン、簡単にイオリを褒めるな、つけあがるだろ。」
「おー!アオバじゃないか!イオリに対する毒舌は相変わらずだな!」
アオバもサンと拳を合わせる。
アオバは珍しく同年代のサンを気に入っているため、友人のように思っていた。
サンはイオリと同じようにアオバの実力も認めていた。
性格は難ありと認識しているが、根は優しいと知っているので、サンも友人と思っている。
しかしアオバは友人であるサンに挨拶をするだけで、話をしようとはしなかった。
キョロキョロと他のメンバーが来ていないかを見る。
「サン、お前んとこの他の奴らは今日は来ないのか?」
「ん?あぁ、流石に人数には限界があって今日は来ないことになっている。
それにお互いのためにも実力の近い俺達がいいだろうと、お前たち以外は来ないことになってるぞ。」
サンの言葉を聞いて見るからに肩を落とすアオバ。
その行動をサンはあることを思い出した。
ニヤッと笑いアオバの耳元に顔を寄せた。
秘密話だとイオリは察し、密かに耳を傾ける。
「安心しろ、セリカもそのうちの一人だ。」
「んな///っ、んなこと気にしてねぇよっ///!」
アオバは顔を赤くしてサンの言葉を否定する。
『セリカ』という名前。
人の名前が苦手なイオリも流石に知っており、なるほどと納得した。
「あぁ、だからキョロキョロしてたのね。納得納得。」
「気にしてもないって言ってるだろっ///!」
「そこまで顔赤くして何言ってんだか。」
イオリはへっ、と嘲笑う。
サンも同じことを思っていたのか、素でアオバの照れ隠しにツッコんだ?
「そうだな、アオバはもっと素直になったほうがいいな。
そっちのほうが接しやすいし好感が持てる。」
「俺たちに素直になっても意味ないけどね。
セリカさんに対してならないと面白くないし・・・そうだ!今日、告白させようっ!」
「5年の片想いを遂に玉砕させるのか!いい案だ!」
「どこがだ!てめぇら勝手なこと言ってるとぶっ飛ばすぞ!」
「「やれるもんならやってみろ(みるがいい)、このチキン。」」
「ぶっ殺すっ!!」
二人が青葉をイジっていると、ヨシアの車内から先が青い髪をもつ少女が降りてきた。
名を『セリカ』。
アオバが密かに想いを馳せている相手である。
アオバは彼女を視界に入れた途端、立ち止まる。
いつものことだが、惚れ直したのだ。
イオリがまた美しさに磨きがかかったなと思うほどなので仕方ないといえばそうなのだが、他のものにとってはまたかと心の中でツッコんでいた。
「あ、アオバっ!」
「っ///!?」
「アナタ怪我してるじゃないっ!また無茶をしたのっ!?」
セリカはアオバの顔を見ると驚いたような顔をして駆け寄る。
華奢な指でカエデとの訓練中についた青痣を手でなぞり始めた。
彼女の美貌はカエデと同じぐらい美しいため、『好き』という感情も相まって間近で見ているアオバには耐えられないものとなっていた。
何時もの強情な少年はいなくなっていた。
「ん?真っ赤になってく?・・・もしかして熱もあるんじゃないのっ!?」
「ーーー〜〜〜っッ///!??!!?」
「あーあ、パニクってしまった。これはもう駄目だ。」
「ストップストップ、セリカさん。
アオバが混乱し始めたから離れてあげて下さい。」
イオリとサンが苦笑しながら二人を離す。
セリカは頭に疑問符を浮かべるが、アオバの様子がおかしいのは事実なのでやむなしと従った。
「ほら、アオバ、説明しなよ、セリカさんが聞きたそうにしてるぞ。」
「わ、分かってるからちょっと待てって・・・!
・・・せ、セリカ?この痣はさっきカエデと手合わせしたときについたものなんだ。」
「なにっ!?カエデちゃん相手に無理したのっ!?」
セリカは今度は怒ったかのように詰め寄った。
アオバは慌てて訂正する。
「してない!してない!
ゴム弾で銃撃戦しただけなんだ!
ちゃんと安全マージンは取りながらやったよ!」
「・・・。」
アオバの必死の説得により、セリカはアオバを開放する。
しかし怒ったような顔は直らなかった。
「・・・いい!ハンターはいつ死んじゃうかわからないのっ!」
「は、はい!」
「だから無茶なんてしたらイケナイのわかるわよねっ!」
「はい!わかります!わかります!」
「なら何でカエデちゃん相手に無茶したのっ!
カエデちゃんが強いことも知ってるよね!
理由を言いなさいっ!」
セリカはアオバを正座させて説教をする。
セリカの気迫は凄まじく、アオバは逆らえなかった。
誰いつもならの説教とてまともな態度を取らなかったアオバだが、セリカ相手になるとここまで変貌してしまう。
その姿はとても珍しく、他5人にとっては微笑ましいものだった。
「なるほど、追加メンバーはタミラスの俺達と面識のあるこいつらでしたか。」
そんな中、イオリがヨシアへと話しかける。
「ええ、そうよ、なにか不満でもあったかしら?
貴方達とは仲良くしていきたいから、遠慮なく言っていいわよ?」
「別にありません。ただ知らない人だったら困るなって思ってたので安心したんです。
・・・でもまぁ、強いて言うなら皆優秀な人材ってのは辛いですね。
凡人の俺が苦労しそうです。」
ノアとヨシアは、イオリの自信のなさに苦笑する。
二人の見解だと、一対一の勝負なら一番に生き残るのはイオリだとなっている。
いくらカエデの索敵が人間離れしていようとも、彼のしぶとさは筋金入り
いくらアオバの射撃能力が長けていようとも、彼の応戦力はどんな攻撃にも対応してしまう。
だがノアとヨシアにとってはどれも育てなければならない能力。
自覚がない力ほど厄介なものはないが、ヨシアは苦笑して自覚させようと決めた。
「凡人ねぇ〜、貴方の言う天才達と拳を合わせて勝っている人がねぇ〜。」
「凡人ですよ。俺には皆のような特技はありません。
ただ今まで刀振り続けて、銃を撃ちまくって生きて来ただけの男の子です。」
彼らは見た。
イオリが微笑み、優しい目をしながら、騒ぐ子供たちを見ているのを。
ヨシアは寒気を感じる。
今のイオリに1ミリも警戒が出来ないからだ。
彼女は仕事上、常に警戒もしくは気を張ってなければならない。
しかし彼を前にすると妙に安心してしまう。
変に落ち着いてしまう。
「俺は結構羨んでいるんですよ?
カエデのように賢くあれたら毎日充実出来る。
アルクのように誰かのためって動けたなら、人として優しくあれる。
サツキさんのように白黒つけれてたのなら、生きることを実感できる。
サンのように真っ直ぐあれたなら、自分を信じれる。
セリカのように優しくいれたなら、毎日を美しく感じられる。
アオバのように夢を持ち歩けるなら、もう少し楽しく生きれた。
どれもない俺は天才な彼らを爪を噛んで見つめるしか出来ないんです。」
ヨシアは気づく。
イオリは自己評価が低いんではない。
自己を肯定できていないのだ。
だから誰をも受け入れる。
どんな人間だろうと隣にいることを許す。
一人になって喪失感を感じないために。
仕事相手なら楽な相手だっただろう。
しかし、彼の周りにいるのは、自分すら認めない人間が認めた天才達。
ヨシアは『恐ろしい子だ。』と、密かにイオリをそう認識した。
「・・・イオリくんは・・・意外とロマンチストなのね。」
「知りませんでした?俺は夢想家なんですよ?」
イオリは最高の笑顔を見せた。
そして仲間のもとへと走って行く。
「まぁ、描くものは全部儚いものですけどね。」
彼の言葉は虚空へと消えてった。
「大丈夫よ、イオリ。私があなたに生きる意味を上げるから。」