夢の残渣
やった!やったぞ!ついに俺たちは見つけた。
千に1つ。いや万に1つの幸運をつかんだ!
ニヤリと笑って後方に控える仲間達を見る。
仲間達が頷く。皆分かっているのだ。
この瞬間の為に我々は徒党を組んだ。
生きてきたのだと。
この土地には一種の伝説があった。
ごく稀に虹色のカエルが現れるのだと。
幸運のカエル 。
「ハピネスフロッグ」
そう呼ばれる生き物が居るのだと。
ソレはあらゆる生物が追いつけない程に素早く、あらゆる武器で貫けない皮膚を持っているという。
生半可な魔法や、矢では傷つかず、当たりもしない。そんな眉唾のような噂。
だがある日、都市伝説は終わりを告げる。
ある一級の冒険者が、虹色のカエルの死体と、戦利品を街に持ち帰ったのだ。
そのカエルの皮膚を使った防具は
軽く、硬く、魔法にも強い。
そのカエルの舌は、持っているだけで幸運を呼び
魔物を遠ざける。
そのカエルの足の一部を靴に仕込むと
馬のように速く駆ける事が出来るという。
全て事実である。
それも、一部の効果でしかない。まだ知られていないハピネスフロッグの恩恵はあると言われる。
その効果を聞きつけた冒険者達が、この地に集まったのは当然の事だろう。それから3匹のハピネスフロッグが狩られ、街はその効果に沸いた。
ただし、狩るのがとてつもなく難易度が高く、手間に合っていないというのが、冒険者達の間に広まるのも、あっという間の事だった。
街は一時の賑わいから覚め、平時の街へ戻った。
自分達のような、物好きの冒険者だけが残った。
それから俺たちは奴を狩る為だけに、全ての時間を費やした。逃げられた回数は100を超える。
出会うことさえ稀な生き物に100回も逃げられたのだ。初めて俺が街に来てから、15年の歳月が過ぎた。
だが、情報を集めに集め、ハピネスフロッグの行動、果ては好物さえ調べ上げ、とうとう5年に一度、赤い満月が出る夜の日中にハピネスフロッグの動きが鈍る事を突き止めた。
仕留めるには正に今日。
絶好のチャンス。出逢えたのだ。偶然。
届きうる...!
「カワイコちゃんが待ってるぜ」
小声で仲間達に語りかける。
口の端を上げる者、ゴクリと唾を呑み込む者。
反応は様々だ。
「やろうぜ...やってやる」
剛腕で知られる戦士が滾ったように呟く。
仲間達にハンドサインで合図を送る。
さあ狩りの時間だ!
手筈通りに仲間達が八方に散って行く。
ハピネスフロッグは、音で敵を感知すると言われている。ある一定の距離に入ると、死角から近寄ろうが、反応されてしまうのだ。
大きな三角形を作るように弓手を配置する。ダメージには期待出来ないが、動きを誘導する為の攻撃手だ。
そして、その隙間を埋めるように、長剣使いを配置。主なダメージ源はこいつらだ。俺の強化魔法で、素早さを上げ、動きの鈍っているハピネスフロッグを叩く。魔法を使い終わった俺も、普段使わない剣を持ち戦列に加わる。
「野郎共!俺たちはこの日の為に、10年以上も「カエル狂い」とバカにされ続けて来た!!見返すチャンスは今日しか無いと思え!死に物狂いでやれ!」
仲間に檄を飛ばす。
「デヴォネア!お前こそ興奮し過ぎてしくじるんじゃねぇぞ!」
仲間が興奮している俺を見兼ねたのか、怒鳴り返して来た。その通りだ。俺は「鎮静のデヴォネア」と呼ばれた男。常に周囲を見回し、冷静に指揮をとる。それが取り柄だろ。落ち着け。
ハピネスフロッグは、囲いの中をピョンピョンと器用に攻撃を避けながら逃げ回る。間を縫って逃げようとはしているが、そこは弓手の攻撃で逃がさない。
そして、ついに奴から水の球を発生させる魔法【ウォーターボール】が放たれた。
来た!
この魔法こそ、奴が窮地に立たされた合図!弓手の1人に命中するが、一発の威力は大して無い。
「奴め!追い詰められて焦ってやがるぜ!デヴォネア!俺たちはやれるぞ!」
そう叫びながら繰り出す剛腕の戦士の一撃が、奴に命中する!硬い皮膚を持つハピネスフロッグには出血は無いが、かなり効いたようだ。
「ゲロッ...」
カエルには表情はなく、読めない。
だが明らかに焦りが浮かんでやがる。
獲った..!掴んだ...!!
この15年間の賭けに勝ったんだ..!
俺たちが勝者!勝ち組になる時が来た!
素材は売る!山分けにしても、貴族以上の暮らしを死ぬまで続けられる!そうだ...俺たちこそが..
ドシャッ!!
どこからか鈍い音が聞こえた。
興奮した思考を覚ます音。その音に振り向く。
弓手が1人倒れている。
(なんだ?)
(どうした?)
仲間達も同様の思いで弓手を見る。
その先に「奴」が居た。
遠目からでも分かる。輝く七色の皮膚。
遠目からでも分かる。大きな肉体。
遠目からでも分かる。
「奴」に渦巻く水属性の魔力の脈動。
なんだあれは...?なんなんだ。
いや見間違うかよ。「ハピネスフロッグ」だ。
ただ、とてつもなくデカい。新種...?
唖然としている俺たちの思考が整わない内に、小さいハピネスフロッグが素早く動き出した。
仲間達が慌てて小さいハピネスフロッグを攻撃しようとするが、誘導する攻撃手が1人居ない状況。幾ら動きが鈍っているからと言って、思考が乱された今、捉え切れるものではない。
皆、頭の端に巨大なハピネスフロッグの事がチラついていたのだ。
逃げる小さなハピネスフロッグを見送って、改めて巨大なハピネスフロッグに眼を向ける。
「デヴォネア。ありゃなんだと思う...?」
知るか。そう言いたかったが
思考を切り替えさせなければならない。
「...落ち着け!奴を見ろ!あれは間違いなくキングだ!ハピネスフロッグなんか目じゃない!ハピネスフロッグキングに違いない!」
そう聞いた仲間達がザワつき始める
「キング..?そんなやつがいたのか」
よし、思考を1つの方向に絞る!
「そうだ!奴を狩れば俺たちは貴族様どころか英雄様だ!世界中が俺たちの偉業を讃える!!英雄になりたきゃ、従え!手順は一緒だ!散れ!」
奴はまだ動かない。
距離さえ一定に保てば良いはずなんだ。
仲間達が散る。
あの距離からウォーターボールを撃って来たのは意外だったが、同種を救う為だろうか?
関係無い!
このデカブツにも俺の15年間を叩きつける!
そう心の中で叫んでいると、カエルはクルリと身体の方向を変えた。
(...まさか?...ちょ、待てよ...)
そして巨大ハピネスフロッグが四肢に力を込めるのが見てとれた。
「待て待てオイオイオイオイ!!」
そう叫ぶ俺を嘲笑うかのように、巨大ハピネスフロッグが跳ぶ。巨体に似合わないほどの俊敏な動きで。
2、3度跳んだだろうか。それだけで巨大に見えた身体が小さく遠ざかる。
俺たちに静寂が走る。
剛腕の戦士は長剣を落とし、他の皆も、ダラリと武器をぶら下げた。
「...デヴォネア...」
全員が俺を見る。
俺の視線は、巨大ハピネスフロッグから離せずにいた。遠のく七色の背中を只々眺めた。
幸福の遠退く感覚。
夢の残渣。
ガラガラと自分の中の何かが崩れる音を
俺は確かに聴いた。