人間との邂逅
草原を1匹のカエルが跳んでいく。
巨大な牛や、炎を撒きながら飛ぶ奇妙な鳥。
上半身が人間、下半身が馬の生物。
それらが、カエルを見るなり襲いかかってくる。
しかし、カエルに追いつける者は居ない。
人馬であってもだ。それほどにカエルが速い。
カエルという生物は、自身の身体の50倍跳躍するというのを、以前私を飼育していた人間が、誇らしげに言っていた。
現在の体長は成人した人間より大きい。
その50倍を跳ぶのだ。景色が飛んでいくほどに高速で。尚且つ、着地でべチャリと隙を晒すということもない。
跳んだ直後に跳ぶ。空中で向きを変え、着地直後に鋭角に跳ぶ事さえ可能だ。周りの景色があっという間に過ぎ去っていく。
素晴らしい肉体だ。素晴らしい。
この肉体の素晴らしさは分かった。
だが、深刻な問題がある。
食糧難である。
辺りを見回って気付いた事がある。
周辺の生物は馬、鳥、牛。食べられる相手は、この付近には居ないという事に気づいた。
以前密林に生まれた時、鳥を丸呑みした経験はある。だが燃える鳥を食べる気にはならない。
虫が欲しい。
口の中で動き回るコオロギやグニュグニュとした食感のワームなどだと尚良いだろう。
居るには居るのだ。
草原を走り回っているのだから。
しかし、小さ過ぎる。2メートルはある身体に、ハエ(のような生物)や、蚊(のような生物)では少々食べたくらいでは足しにならないのだ。
大きい身体というのも存外不便である。
ここでは自分は暮らしていけない。
周りの生物が襲いかかってくることも問題だ。
このままでは睡眠さえ満足に取れないだろう。
安住の地を探す。そう決めた。
遥か遠くに山が見える。山は人間の手も入らず、虫のとまる木々が多く残っているはずだ。
ひょっとすると、今の身体に見合う巨大な昆虫が居るかもしれない。
そうと決まれば、進むのみである。
草原を駆け抜ける。幸いこの足がある。
2日も駆けつづければ、近くに辿り着くだろう。
その時、ふと人間の声が聞こえた気がした。
懐かしさに惹かれ、ふと立ち止まってしまう。
私に爆薬を仕込んで殺害した悪魔(子供)や、踏み潰された事もあり人間に悪い思い出は山程ある。
しかし、ある青年と共に過ごした日々が人間への郷愁を深めていた。
彼は私に、毎日こう話しかけていた。
「ピョン吉。お前はいつTシャツの中に入り込んでくれるんだろうな」
なんの事を言っているのか、当時は理解出来なかった。彼は、鉄の箱「テレビ」で色々なものを見せてくれた。
1つ異常だったのが、見せてくれた物は全てカエルに関する物だった。
異常なカエルへの情。
世界中のあらゆる種類のカエルを飼育していた彼だったが、何故か私は特別扱いだった。
箱に入れ、労働先に連れて行き、目上の人間に毎日小言を言われたり、同僚には気味悪がられていたが、彼はそれを止めることはなかった。
彼が有能でなければ、首を切られていただろう。
彼にカエルのありとあらゆる知識を私は叩き込まれた。世界のカエルの種類、特徴、身体構造。果ては絵物語に出て来るカエルの活躍まで語って聞かせてくれた。返事もしない蛙に語り続ける彼は、一種の異常者だったろう。
もっとも当時の私には、知能も思考能力も足りなかったから、意味のないことだったが。
なぜか不思議と嫌な気持ちはしなかった。
あれが「愛」というものだろうか。
思考の海から戻り、声がする方向へ向かう。
8人。何かを追い回している。
カエル。虹色のカエルだ。私の皮膚と同じ色、模様。間違いなく同種。私以外にも居たのか。
武器であろう物を持ち、何やら喋りながら虹色のカエルを取り囲もうとしている。
虹色のカエルを観察すると、確かに同種。だが身体は小さい。「猫」と呼ばれていた生物程度の大きさだ。成長したばかりの個体だろうか?
そうこうしている内に、追われていた虹色のカエルは取り囲まれてしまった。
脚力は同程度の物を持っているように見える。
だが、知能が足りないのか、人間達の攻撃を素直に避けている内に囲まれてしまったようだ。
抵抗する力も無いだろう。
(同種のよしみで救ってやりたいが...
自分の身が大事だ。許せ同胞)
冷酷な自分の判断を半ば嘆いていると、不思議な事が起こった。
虹色のカエルの前に水の球が現れた。
一瞬渦巻いたかと思えば、猛烈な速度で放たれ、人間の1人に衝突する。
人間がグラリとよろめく。
(...なんだあれは)
唾液を飛ばした?それにしてはおかしい。
虹色のカエルは、囲まれながらも機敏な動きで逃げ回る。逃げ回りながらも、また水球が虹色のカエルの前に現れ、人間へまた傷を与える。
...視えた。虹色のカエルが水球を作る瞬間、靄のような物が虹色のカエルを包み、それが目前に固まったかと思えば、水の球が現れた!
(同種の私にも出来るはずだ)
自分の身体を見ながら、先程の靄のようなものをイメージする。力がみなぎるような、抜けるような不思議な感覚。
それと同時に薄っすらと靄を身体が包み込む。
(撃てる。今なら水の球が撃てる筈だ)
虹色のカエルを囲む人間の内、動かずに何かを射っている人間に狙いを定め...放つ!
数瞬のうちに、水の球が人間の背後に衝突する。意識外の後頭部への一撃。
人間は大きくバランスを崩し、倒れ込む。
仲間が突然背後から撃たれたことに驚いたのか、取り囲んでいた陣形が崩れる。
その瞬間をみて、虹色のカエルが跳躍して囲みを抜け、逃げ出した。
こちらに気付いた人間達が、驚愕の表情でこちらを見ている。少なくとも先程のやり取りを見る限り、友好的な人間では無いだろう。
何かを叫びながら、今度はこちらに走って来る。
残念ながら、それに付き合う必要は私にはない。水球という攻撃手段を手に入れたとは言え、人間と事を構えるつもりはない。
私は真っ直ぐに元の目的地である山の方向へ駆け出した。
遥か後方に人間達が立ち尽くして居る。
(君達に構っている暇はない)
なぜなら腹が減っているからだ。