1000度目のカエル
拙作です。
よろしくお願いします。
・・・永い夢を見ていた気がする。
密林に生まれ。飢えで死に。
生まれて幼体のまま魚に喰われた事もある。
川の中で泳ぐ事すらままならなかった。
またある時は蛇に呑まれ、その腹の中で死んだ。
その蛇は先に私の「毒」で死んでいたようだが。
貴重な体験だったのは、高い石で積まれた人間達の住む「街」と呼ばれていた場所で過ごした日々。
ある時は、幼体から人間に飼育され寿命で死に、またある時は、「車」という動く鉄の塊に下敷きにされて死んだ。
土地も、言語も違う場所。懐かしき日々だ。
私は、死ぬ度に生まれ変わった。
カエルとして死に、カエルとして生まれ変わった。
私はいつの日もカエル。
今度生まれ変われば、1000度目になるだろうか。
不思議だ。今まではそんな事を考えた事は無かった。「思考」するという行為をしたことが無かったのだ。ただその日を生き、ただ死んだ。
今、私は思考している。出来ている。
きっと今度の命は特別な物になる。そう感じる。
心地良い微睡みのような感覚がなくなり、私は意識を取り戻した。暖かな日差しが、肌に当たる。
眼はまだ見えないが、草原だろうか?サラサラと草が擦れる音が微かに聞こえる。
同時に危険を報せる地響きも。
何かが近づいてくる。我々カエルにとって、大きな動物や人間は脅威でしかない。踏まれれば終いだ。
身体の感触を取り戻そうと、もがく!
脚はある!今の私は幼体では無いようだ。ならば...
もがく。もがくもがく!1000度目の命だ。
生まれて早々死ねるか!思考など今は捨て、身体を動かす事に集中する。眼も視えて来た。地響きが近づいてくる。地の震えが、物体の位置を教えてくれる。
身体の感覚が戻った。
臥せていた身体を強引に起こし、同時に飛び退く!
ゴシャッ!!
瞬間、身体の在った場所へ斧のような石塊が振り下ろされていた。地がえぐれ、砂は散り散りになっている。当たっていれば、胴体は霧散し、四肢は飛んでいただろう。
石塊の主を見上げる。巨体。今まで見た生物の中で、恐らく最も大きい。人間が「牛」と呼んでいた生物が「屹立」している。二足でだ。それも前足に棒状の石塊を持って。
大地は広い。
1000度の命を生き、まだ見ぬ生物が居るのだ。
初めて生まれた「思考」の海に溺れる私に、2度目の鉄塊が振り下ろされる。私はそれを認識すると余裕を持って鉄塊を躱した。
視える。
私なら躱せる。
何よりもカエルとして生きた数多の経験がそうさせた。カエルの身体の使い方は、どのカエルよりも慣れている。
しかも、この肉体。動くのだ。
動き「過ぎる」くらいに。
今までにない肉体の違和感に自分の身体を視る。
空に浮かぶ虹とでも表現すべき皮膚。
身体は明らかに今までより巨大。地を這ってはいるが、ゴリラと呼ばれる生物くらいの大きさはあるのではないか?
今までは見上げていた草花が、眼下にある。
カエルの身として、そんな事は900を超える命を得てもなお無い。しかしその巨体を持って尚、目の前の牛は巨大。強大。人間の住処くらいの大きさはある。
「ブシュルルルル」
繰り出した一撃が掠りもしない事に苛立ったのか、牛が鼻から荒い息を吐く。確信する。今の私には奴の攻撃は当たらない。
それほどに、この肉体は優れている!蹂躙されるだけだった、巨大生物。「絶対的強者」が、自分を傷つけることさえ出来無い。こんな事は今まで無かった。
全身を血液が巡るのを感じる。
昂ぶっているのか...!これが人間の言う感情か!私は弱者ではない!踏まれ、呑まれ、潰されるだけの生は、ここには無いのだ!
ギョロリと眼を再度牛へと向ける。
覚悟を決め向き合う。視線が交差した刹那
石塊の振り下ろし!それを敢えて牛に向かって跳び躱す。そして背後を取った!
驚愕の顔を浮かべた牛が振り向こうとする。
が、遅い!
私の鋭い牙が、奴の背後に喰らいつく!!!
...というのが普通の生存競争を生きる生物達の日常だろう。だが、私に牛を殺す鋭い牙は無い。鋭い爪も無い。背後を取った私は脱兎のように跳ねて逃げるのみ。
驚愕の表情を浮かべていた牛は遠のく私の姿を呆然と見つめるのみ。それは安堵の表情か、呆れの表情か。
いずれにせよ、私に爪や牙は無い。
大きな肉体に生まれようが、優れた脚力を持とうが
「カエルの子はカエル」なのだ。
こうして私の1000度目の命が始まった。
今までの常識では計り知れない事ばかり起きる
私の「最後の命」が。