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第8話 嘆きの灯台-8 交錯

 少し考える。


 彼らの目的は何か?

 言うまでも無くこの騒動の原因であり逮捕状の出ている容疑者デアネミー刑事を捕らえることだ。

 その道すがら皮膚どころか毛の一本も見えないような鎧と面当てに覆われた怪しい人物が居たとしたらどうだろう。それも何某かと戦闘を行っていた痕跡がある場所に。まあ普通署までご同行となるだろう。

 だがそれは必須だろうか。彼らの目的はあくまで容疑者の確保。他はそのついででしかないはずだ。よし、その線で行ってみよう。


 おもむろに、しかし急がずにゆっくりと壁際に近づく。

 ピクリ、と彼らの身体が強張るのを視界の隅で確認する。後ろの狙撃手の彼の引き鉄は降ろされていない。よし。壁際に着いた。背中を壁につける。


「どうぞ」


 手で扉を示してやる。

 面食らって言葉を失っているアース青年を見かね、狙撃手の彼が口を出す。


「いや、そういうわけにもいかねーんだわ」

「デアネミー刑事を探しているのだろう? この先に居る。俺は邪魔しないから行くといい」

「貴方は協会員なのですか?」


 答え難い質問がアース青年から飛ぶ。はい、と言えば証を見せろと続くのだろう。よく訓練された協会員だな。まあ適当はぐらかしてみるか。


「いいや?」

「戦闘跡から魔術の使用形跡があります。市内での許可なき魔術行使は違法です。協会員として今ここで貴方を見過ごすわけにもいきません」

「問題は無い。戦闘の許可は得ている。それにこんな所でのんびりしていていいのか? さっきの男、デアネミー刑事を殺すつもりだぞ」


 許可を出している奴も犯罪者だし、俺も殺すつもりなので問題だらけだが嘘はついていない。こういうのは勢いだ。顔が見えないことだし自信満々に言ってやる。


「それを証明するものはありますか?」

「ない。だが間違いのないことだ」

「アース、押し問答だ。俺が残る。お前とマリアベルで先に行け」

「しかし」

「アース、私もそうすべきだと思う。奥の部屋から妙な気配がしてる」

「…………分かった。エリク、気をつけて」

「そっちもな」


 会話中もエリク氏の銃口は少しも俺からぶれなかった。立ったままで銃口がぶれない。この感じは猟師だな。腕がいいのも頷ける。

 俺に注意を払いつつ、アース青年とマリアベル女史は扉の向うへ消えていった。


「妙な真似はするなよ。その防具がどれだけ丈夫かは知らないがこっちは炸裂型の魔弾だ。直撃すれば命は無いぞ」

「そんなものを人に向けるな」

「相手は選ぶさ。警官共にはちゃんと衝撃弾を使ってやったぜ。俺は俺が胡散臭いと思った奴と密猟者には容赦しないと決めてんだ。あんたは抜群に胡散臭い」


 そりゃこんな格好してりゃ誰だってそう思う。

 ちなみに炸裂型の魔弾とは、使用者の魔力を込めて射出される術式内臓型の弾丸で、3m超の大型の魔獣やなんなら岩壁の発破解体に用いられる。人間に命中するとミートボールが出来上がる。


「一つ聞いておきたいのだが」

「なんだ? 気を逸らそうとしたって無駄だぜ?」

「お前達はこの先にある物を知っているのか?」

「知るわけないだろう。第一、市庁舎の地下にこんなもんがあったこと自体初耳だぜ」


 なら、最悪彼ら二人が"尾薬"で操られる事も考慮にいれなくてはいけないのか。


「お前は、何か知っている。そうだな?」

「お前達と大差ない」

「その割には迷い無くここまで来てたみてーじゃねえか」

「お前達こそよくこんな場所までこれたな」

「仲間にそういうのが得意な奴が居たおかげだな」


 なるほど、さっきも言っていたがマリアベル女史が何らか異変を察知して地下を目指したのか。俺には何も感じられないのだが……そういえばピエッタも妙に自信満々に道を指示していたな。

 というかピエッタだよピエッタ。さっさとこっちに来こいよ。でないと命がけで逃走するハメになるだろうが。



----



 壁一枚を隔てた扉の向こう。そこは奇妙な空間だった。


「なに、ここ……」


 正面に広がるのはプール……いや巨大な水槽だ。不自然に発色する水色の液体がたゆたっている。壁や天井が剥きだしの岩や土部分的には石壁の中、コンクリート製の水槽やそこから伸びる管、それらを処理するためのなんらかの装置が所狭しとひしめき合い、異様な存在感を放っていた。


「何をする……うわあああッ!」


 男の叫び声。俺とマリアベルは顔を見合わせ、声のした方向へ走り出す。

 途中、やけに使用された形跡の色濃い乱れた寝台、衝立すらないシャワーと排水溝、ソファーに冷蔵庫。工場のような様相を呈す周囲から一転、色濃い生活感を漂わせる空間が目に入った。ここで何かが行われていたのは間違いが無い。


「ど、どうして私に注射を……ダミルせんせ……」

「デアネミーさん。もうこうするしか方法がないのですよ。貴方の夢を叶えるためには、ねえ? ちょうどお客さんも来た事ですし、貴方が夢を叶える瞬間を見ていて貰いましょう」


 プールサイドのような位置に二つの人影が姿を現した。

 褐色肌の男が小太りの男の胸倉を掴み上げ宙吊りにしている。

 小太りの方は、間違いない。手配中のデアネミー刑事だ。


「動くな! サンベイル市警察代行だ! 緊急時の逮捕権行使によりこの場の人間を拘束するッ! ご同行願うッ!」

「嫌ですよ。ああデアネミーさんを捕まえたいというのでしたらご自由に。まあ、出来たらの話ですが」


 そう言うと男はデアネミー刑事を水槽へ放り投げた。

 傍らで銃を構えていたマリアベルが男に向かって発砲する。


「おっとっと、乱暴なお嬢さんだ。今日は銃で狙われてばかりいますよ」

「ッ!? 避けた!?」


 男はぐにゃりと身体を傾けたかと思うと、弾ける様に物陰へ隠れた。銃弾を避けた。驚愕するし驚異的でもあるが今は水槽に落とされたデアネミー刑事だ。


「ぶはッ! クソッ、なんでこんな……うぶっ、うご……ッ!?」


 刑事は水槽の中央に浮き上がってきた。どうやら足の届かないほど水深があるらしく、自らの手で水を掻きながら苦労して水面に顔を出している。


「あまり近づきすぎない方がよろしいですよお。いくら経口摂取で効果の無い"尾薬"とはいえ、希釈もしていない薬液がそれだけの量ある場所です、何が起きても不思議ではありませんからねえ」


 物陰から男が告げる。"尾薬"……今目の前に広がる薬液の水槽、これが事件の中心にあったモノなのか? 何にせよ事情に詳しい男のようだ。なんとしても連行したい。


「うご、がっ、がぁぁぁッ!?」


 刑事の様子が変わる。苦悶の表情を浮かべ、ばたばたと水面でもがいている。

 なんとか岸に上げなくてはならないが男の言葉も気になる。何か長い得物は無いか――俺が辺りを見回したとき、それは起こった。


「"尾薬"はそれ単体では本来の効果を発揮しません。

 そして本来の効果は、暗示や催眠といった代物ではなく……」


 おかしい。明らかに刑事の身体が大きくなっている。空気の入れすぎた風船のように胴が膨らみ短い手足が埋もれて行き、やがてそれすら見えなくなった。

 そして水位が下がっている。僅かに、なんてものではない。見る間に水槽の水面が下がって行く。この不可思議な現象と刑事の身体に起きた変化は無関係であろうはずがない。


「刑事に何をした!」

「我々はデアネミーさんの夢を叶えるお手伝いをしただけですよ。

 さあデアネミーさん! ()()()()()()()()()()()()!」


 変化は如実に、そして爆発的に発生した。

 殻を破るように破裂したデアネミー刑事の身体の内から、水色の異形が姿を表した。それは水槽を満たす薬液と同じ色であるように見える。


「邪魔スル奴……殺ス……女……犯ス……ッ!」


 野太く響くかつ舌の悪い声。

 ミミズに人の顔を付ければこんな形だろうか。完成した異形は、口に該当する部位から涎のように液体を滴らせ、襞の浮かぶ水槽の中から天井にまで到達しようかという巨大な体躯をくねらせた。何より目を引くのは後背から伸びる三つの体躯ほどある長い尾。


「三本ですか。なるほど、それが貴方の本質であると。デアネミーさん、貴方が単純な人間であることに私はとても安心しましたよお。さあ思うが侭に振舞ってください」


 私はその間にこそこそ逃げるとしましょうか。

 男のそんな言葉が耳に届くか届かないかの瞬間、デアネミー刑事だった異形が俺とマリアベルの居る方向へ向かって飛び掛ってきた。

 咄嗟に飛び退く。どぉっと身体の芯に響くような轟音。


「マリアベル! 無事か!」

「平気よ!」


 同じく回避に成功したマリアベルの姿にほっとする。

 俺の武装は剣と警棒。マリアベルは拳銃が主武装だが、いつも持ち歩いている小型魔獣用の弾丸があれほどの巨躯に通用するとも思えない。


「手に負えない! 退くぞ!」

「! 了解」


 狩人の基本。

 手に負えない敵は応援を待つ。

 ただ一つの問題は、この相手が逃がしてくれるかどうかだろう。


「ウガァァァァアアアアアアアアッ!」


 理性無き暴力が襲い掛かってきた。


あるある:やらたと余裕のある謎の覆面

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