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第5話 嘆きの灯台-5 刑事

「落ち着いたか?」

「ええ。少しは」


 誘導に従い退出する人の波に沿ってホールに移動し、壁際の歓談席に腰を下ろさせる。動揺が残っているのか足元がふらついていたシーリィ女史も強がる様子はなく、勧めに従って一息つくことにしたようだ。


「貴方は、平然としているのね」


 人波を眺めながら、シーリィ女史はぽつりと呟いた。


「全く普段通りってワケでもないが、言い方が悪いが慣れてるといえば慣れているからな」

「慣れ、ですか。慣れる物なのかしら。ああいうモノって」

「知っているか知らないかの差さ。知らないモノっていうのは必要以上に怖いモノに見える。だが無理に知る必要も無い」

「そうかしら。こういう事があった以上、少しは学んで備えておいた方がいいと思うのだけれど」

「そうだな。そうかもな。だけどアンタにはあんな汚いモノより、綺麗なモノを見ていて欲しいと、俺は思うんだけどな」


 少しずり落ちた紺色のカーディガンが引き上げられる。力の抜けた気配。苦笑されたようだ。


「貴方はどこでもブレないのね」

「そりゃ、心変わりしていないからな」


 近づく足音。声に顔を向けると、先ほど舞台上で制圧していた既視感のある協会員の青年だった。協会員というとモーデウスのような鍛え抜かれた筋肉質な男が思い浮かびがちだが、この青年は鍛えられてはいるものの、暴力の気配を感じさせない。線の柔らかい顔立ちがそう思わせるのかは分からないが、かなり珍しい部類の協会員であるだろう。


「すみません。少々お時間よろしいでしょうか」

「おう、なんだい」

「私は狩人協会員のアース・アクライトと申します。B席の周辺で強盗犯が一人伸びていました。周辺のお客さんに話を聞いたところ、あなたの事が出てきたので事情を伺いに参りました」

「ああ、なるほど。一応手帳見せてもらっていいか」

「はい……どうぞ」


 アース青年は上着の内側から手帳を取り出し、それを俺に差し出した。

 アース・アクライト19歳。大型魔獣戦闘許可と二種警察権を所有と。

 緊急時ならその限りではないが、基本的に市民は魔獣との戦闘を許可されていない。小型魔獣戦闘許可、ないし大型魔獣戦闘許可という狩人協会から発行されている資格を有して初めて魔獣を狩ることが出来る。治安当局に入隊する場合にもこれらの資格は必須となっており、狩人協会が大陸全土に幅を利かせる原因でもある。またそれは巨大な利権を外部へ委託するしかないほど魔獣の脅威が深刻である事の証左でもあり、大陸の歴史が魔獣との戦いであることの裏づけともなる。

 取ろうと思ってすぐに取れるほど甘い資格ではない。専門の訓練を数ヶ月から一年続けてようやく手が届く。ちなみに俺は住所がないため試験を受けられない身分だ。そして、


「その歳で二種警察権とは、随分優秀な協会員なんだな」


 二種警察権とは、有事・緊急の際に逮捕連行・暴徒制圧の権利が認められる資格だ。こうして事件後の聴取を取り、警察機構に引き継ぐところまでが職分となる。警察機構の外部委託のようなものだ。

 上位の資格としては一種警察権があり、平時の捜査、情報開示要求などが認められる。巨大な権利に相応しく、現行存在する資格試験の中で最難関で、はっきりいって裁判官になるよるも難しい。個人で司法判断を行う以上当然とも言える。


 さて、既に市警の連中も到着しているので本来彼は聴取する必要がないのだが、真面目なのか熱心なのか手伝いを申し出ているようだ。


「いえ、それほどでは……それで、事情をお伺いしても?」


 青年の目にはやや猜疑心が見て取れる。


「こっちのお嬢さん……ああ、市議会員のサンベイル氏んとこの娘さんで、シーリィ・サンベイルさんって言うんだが、いい女だろ?」

「は、はあ?」

「ちょ、ちょっと……」


 アース青年は訳が分からないという風。


「強盗犯もそう思ったんだろうな。金目のものついでに誘拐しようとしていた。シーリィさんは職場の上役に当たる人でね。普段から世話になっているから放っておけなかったのさ。あぁ、勿論危険があったのは承知している。これでもつい最近まで傭兵やってたんでね」

「な、なるほど。昏倒していた犯人を見ましたが、首筋を一撃。それでいて怪我もさせていませんでした。あまりにも鮮やかな手並みだったので訝んでいたんですが、合点がいきました。ところでえっと、サンベイルさん。こちらの方のお話に間違いはありませんか?」


 急に話を振られたシーリィ女史は一瞬挙動不審になったが、おずおずと頷いた。


「え、えぇ。彼とは職場で付き合いがあります。それは私だけでなく、市役所で働いている人なら大体知っていると思うけれど……」

「犯人の一人に誘拐されかけたというお話も?」


 記憶が蘇ったのか、シーリィ女史の顔から血の気が引いていく。


「あぁ、悪いが今日はこの辺にしといてくれねぇか?」

「何故です――っと、どうしたのマリアベル」


 青年の背中を、彼の仲間と思われる少女が強い力で引っ張った。

 突入の時には見なかった顔だ。女にしては短い金色の髪、協会員としてはやや小柄な体躯。明るい光を灯す茶色い瞳は、今は咎めるような色が映されている。 恐らく迷彩状態で制圧していたどれかが彼女だったのだろう。

 彼女はそのまま青年の耳元で何事か囁き、シーリィ女史を目で示す。やはりこういう事に気を遣うのは女の方が向いている。

 青年は顔色を変えて頭を下げた。


「すみません! 私の配慮が足りませんでした」

「後日出頭する。事情聴取はその時に改めて貰っていいな?」

「はい。あ、市民証をご提示戴けますか?」

「おう。ほれ……」

「はい…………どうも。お返しします。では私はこれで」


 アース青年は少女に背中を叩かれながら、突入した協会員達と思しき輪の中に戻っていった。その中に橙色の髪の男を見つけた。制圧時に二階から衝撃弾で狙撃していた男だ。制服を着ていない以上警察官ではないようだ。銃を扱う協会員だとしても妙に腕が良かったが、同業者か何かだろうか。


 とはいえ今はシーリィ女史だ。

 せっかく落ち着いたのに台無しにされてしまった。


「何か飲むか?」

「何もいらないわ……」

「そう言うなって。こういう時は何か飲んだ方が落ち着くんだぜ。そうだな、あんたコーヒー派か? それとも紅茶派?」


 少しおどけて言って見せると「どちらかと言えば紅茶かしら」と、やや投げやりな答えがあった。


「いい趣味だな。俺も紅茶派だ。もしもアンタがコーヒー党だったら一戦交えなきゃならねぇとこだった。よし待ってな、すぐ持ってくる」


 備え付けの販売機で二つ購入し足早に戻る。

 一つ手渡し自分の分を口に含む。

 俺は拘る方ではないが、味付きの湯と表現した方が正しいような味だ。

 シーリィ女史も顔を顰めこそしなかったが、美味いと思って飲んではいないようだ。


「安物は飲みなれなかったか」

「別に、職場で飲むこともあるわ」

「へえ。意外だな。アンタ、いい所のお嬢さんなんだろ? そういうところには拘りありそうに見えていたから」

「いい所って……市の名士ではあるけど、今は全然普通の家よ。お茶だって、家で出される物は東部の名産品だったりするけれど、私自身は全然。なんとなく味や香りの良い悪いは分かるけど、そこまで気にしたが事ないわ」


 とつとつと話し、湯気に湿った吐息を漏らす。一息はつけた様子。

 補足するならば、シーリィ女史の暮らすサンベイル家は使用人や家政婦が常駐するような豪邸だ。普通の家に使用人はいないのだが、その辺りを纏めて普通とのたまう気質はやはりお嬢様と呼べる物だろう。

 しかし肩肘張った性格とは異なり、意外なほど趣向品に拘りが無い様子だ。これは今後のためにも覚えておこう。


「悪い?」


 返事の無い俺に眦を上げてきた。


「悪いことはないさ。何でも楽しめるって事だろ? いい事だ。人生を得してる」

「無理やりなこじつけね」


 何が琴線に触れたのかは分からないが、言葉尻に込められた当たりがきつくなってきた。ある意味調子が出てきたと言えなくも無い。


「そういや連れはいなかったみたいだが、休みの日は一人で観劇するのか?」

「そうよ。寂しい女で悪かったわね」


 捨て鉢な物言いだ。


「そんなに怒らないでくれよ。別に悪いとは言わないって。むしろそれなら、その

一人の休日には男が一人紛れ込むだけの余裕があるわけだな?」

「貴方も懲りないわね。私のどこがいいんだか」

「そういうカタいところ」

「からかっているの?」

「ホレ甲斐がある。口説き甲斐がある」


 目だけじゃなく顔を合わせて言葉を乗せる。

 シーリィ女史は反射的に何か言い返そうとしたようだが、言葉が纏まらず顔を背けた。その頬は若干赤く染まっているように見えた。


「弱ってる女は口説きやすいでしょう」

「弱って無くても、俺はいつだってアンタに夢中だよ」

「言葉が軽いわ。嘘を吐いてる」

「嘘か本当か、確かめてみてくれよ」

「誰にでも言っているんでしょう」

「言わないさ。俺が他の女に言い寄ってるところ、見たこと無いだろ?」

「見えないところじゃどうなのかしらね。南の地区じゃ毎晩相手が違う男なんてザラにいると聞きます」


 そう言うと、シーリィ女史は力なく首を横に振った。


「違う。そうじゃなくて……そういう事が言いたかったんじゃなくて……」


 膝の上に置いた手が固く結ばれた。

 反らされた顔が再びこちらを向く。


「私、貴方に感謝しています。あのままだったらもっと恐ろしい目に遭ってました。だから……そう、だから一度。お礼に食事に誘わせて下さい」


 俺は今、上手く笑えているだろうか。


「勿論受けるさ。ありがとうお嬢様」


 試練は乗り越えられないものに襲い掛かりはしない。

 偶然の風が吹いた。




----



「まずいぞ……これはまずい……」


 どこかの路地裏。灰色のトレンチコートを来た小太りの男が落ち着き無く歩き回っていた。定点に視点をおいたのなら、この男がそうし始めて30分以上経過している事が知れるだろう。


「あのクズ共、武器を持った瞬間強気になりおって。あんな能無しならばケチらず"尾薬(テイルドラッグ)"を使えばよかったッ!」


 彼は今非常にまずい立場にある。配下に置いていた犯罪グループが暴発し、演劇場を襲撃するという大それた真似を試み、あまつさえ失敗し検挙されてしまったのだ。彼らとは直接のやり取りは無いにしろ、捜査の手が伸びれば自分の身が危険に曝されるのは明らかであった。


「ッ! 先生! ダミル先生!」


 そこに人影が現れる。褐色肌の黒髪を後ろで一つに結わった糸目の男だ。


「お呼びということでしたが? デアネミー刑事」


 刑事。小太りの男、デアネミーを示す社会的身分だ。デアネミーはサンベイル市警察の刑事であり、功績こそ無かったものの長年の忠勤により立場を上げていったうだつの上がらない刑事でもある。

 直近では"花怪盗"事件を担当し、連続窃盗事件、連続強盗事件、両事件においてなんら捜査を進展させることが出来なかった。それもそのはず、彼こそが連続強盗犯たちに"花怪盗"の模倣を指示した人物だからだ。


「先生! 今からでもあのクズ共を始末できませんか!? このままでは私にまで捜査の手が伸びてしまう!」


 そして劇場襲撃犯の一部は彼が指示した連続強盗犯である。その事が彼を焦燥に駆り立てていた。

 デアネミーとは裏腹に、読めない表情でダミルはのんびりと告げる。


「無理ですよお。そりゃあ正面から切り込んでも一人や二人殺せますよ? けれどそれだけです。貴方が望んでいるのはそんな事ではない、違いますか?」

「みな、皆殺しには出来ないのですか?」

「ですから、私共には無理ですとお答えいたしました」

「そ、そんな……」


 跪き頭を抱えるデアネミー。


「しかし、方法がないでもありません」


 弾かれたように頭が上がる。


「なんでもする! お願いだ、助けてくれ!」

「そのためにはデアネミーさん。他ならぬ貴方の御力が必要なのですよ」

「なんでもする! 教えてくれ!」

「いいお返事です。その方法というのはですね、まあある意味とても簡単かつ当たり前の発想なのですが――」

「はやくおしえてくれ!」

「はぁ……やれやれ。

 デアネミーさん。貴方にお預けしている"尾薬"を使ってしまえばよろしいのですよ。あの薬の力を以ってすれば、署内の関係者全てに暗示をかけること等容易いことでしょう? これまでに少女を何人も拐し、弄んできた貴方なら」

「い、いくらなんでも関わった人数が多すぎる! それに、そんな量の"尾薬"を使ってしまったらとんでもない額になってしまう……」

「デアネミーさん。我々は貴方の夢を応援したいのです。

 思うが侭に少女の身体を貪り、思うが侭に食べ、思うが侭に人を使う。貴方のそんな欲求は我々"深淵"にとって何より尊い志なのです。

 大丈夫。"尾薬"はまた我々がお持ちいたします。そこで得た利益を今回の損失で埋め合わせていただければ良いのです。

 デアネミーさん。それでも、出来ませんか?」


 糸目の隙間から金の瞳がデアネミーを覗きこんでいた。


「や、やる。やってやる。俺はこんなところで終われないんだ」

「ええ、そうですとも。こんなちゃちな危機を潜り抜ければ、これまで通り、思うが侭少女を犯したり、他人の金で贅沢をしたり、嫌味なアイツを顎で使えるのですよ」

「そ、そうだ。俺はやる。俺を馬鹿にしたあいつ等を見返してやるんだ……!」



いつも読んでくださりありがとうございます。

ご評価、ブクマもとってもうれしいです。


RPGあるある:悪徳刑事

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